チベット自治区
世界で7番目に高いタングラ峠を超えた向こう側はすでにチベット自治区。
チベットの首都ラサまではまだ道半ば、さらにもう一晩寝台バスに揺られた。
次の日、目が醒めると既にチベット文化圏に入っていた。
まだまだ荒野は続いて行くが、チベットっぽいデザインの建物がチラホラと見え始める。
首都ラサが近づくにつれて、民族衣装を着たチベット人の姿も見え始める。
チベット語の看板も見え始め、明らかに中国本土とは違った雰囲気になって来る。
ゲストハウス
寝台バスは、ラサの街の中心部で止まった。
バスの長旅も高山病もこれで終わり。
息苦しさも頭痛も吐き気も収まっていた。
僕たちはガイドブックに載っていた、町で一番大きなゲストハウスに泊まる事にした。
かなり古い木造の建物で歴史が感じられる。
ゲストハウスとしての歴史も長いらしく、長年世界中から旅人がやって来て、チベット来訪の中心地になっていたようだ。
建物の入り口にはゲストブックがあり、色々な言語で色々なメッセージが書かれている。
日本語のメッセージも沢山あった。
僕たちは大部屋のドミトリールーム(共有部屋)を充てがわれた。
部屋は六人部屋で、僕たち四人の他にドイツ人とメキシコ人が泊まっている。
長旅に疲れまくっていた僕たちはゲストハウス内で食事を済ませ床についた。
ラサの旧市街
次の日、僕たちは部屋に荷物を置き、街へ散策に出かける。
バス道路はアスファルトで舗装されているが、ほとんどの旧市街は石畳が敷き詰められている。
強い日差しが深いシワに刻まれたおじいさんが、背中に荷物を載せたロバと歩いている。
通りにはチベット人のおばあちゃん達が、畑で採れた野菜や薬草を路上に並べて売っている。
正体不明の薬草の他に、正体不明の粉や液体が並んでいる。
干し肉の類も多い。
おばあちゃん達は皆独特のチベット伝統衣装に身を包んでいる。
カラフルな石を身に纏うのが伝統のようで、皆が同じタイプの石を身につけている。
石は赤と黄色と緑があり、原石の形のままで削ったり形を整えたりはしないようだ。
後で知ったのだが、赤は山サンゴで、黄色が琥珀、緑はトルコ石でそれぞれに霊的な意味があるらしい。
マニ車
多くのおばあちゃん達は宗教熱心で、マニ車と言われる20センチくらいの木の棒に、円筒形の金属が付いたものをクルクルと回し続けている。
金属の部分にはお経が書いてあり、一回転させるごとに一回お経を読んだことになると言う便利な道具だ。
お経は読めば読むほど徳を積めるらしいので、おばあちゃん達は一日中休まずに回転させている。
おばあちゃんが持っているのは携帯用のマニ車だが、街なかには据え置き型の大型マニ車もある。
据え置き型の物は、通りの脇に連続して並んでおり、歩きながら回転させることができる優れ物だ。
更には街中にいくつもある寺院の中には、高さ2メートルほどの超巨大マニ車がある。
大きいほうがより大きな徳を積めるのかもしれない。
大きい物になると6メートルを超えるほどの物もあるらしい。
タルチョー
お経を読んで徳を積むために効率化した道具は他にもある。
有名なのはタルチョー、あるいはチベタン・フラッグなどと呼ばれるカラフルな5色の旗が連続したものだ。
青・白・赤・緑・黄の色の旗が何十枚、何百枚と連なった紐を、山の頂や谷間など風が良く通るところに設置する。
風が吹き、旗をはためかす毎に一回お経を読んだことになるので、徳を積むための効率はかなり良い。
そこにはチベット文化独特の効率と科学があった。
チベット料理
街角にはモモと呼ばれるチベット風蒸し餃子の様な物が売られている。
チベットではポン酢の代わりに唐辛子のソースをつけて食べる。
中身は野菜や豚肉や羊肉などが入っている。
チベット料理では羊肉が使われることが多い。
僕は、羊肉の独特の匂いが苦手だった。
トゥクパと呼ばれるチベット風うどんも代表的なチベット料理の一つだ。
だが、地元民の食堂のトゥクパは殆どが羊肉の干し肉で出汁をとっており、独特のきつい匂いに慣れることはなかった。
食事面においては、チベット自治区に来て以降、一気に質素になって行った。