放浪記062

西成での文化人生活の話17(放浪記062)

インドへの道

 
 
 
インドへは飛行機を使わずに海路と陸路を通って行くつもりだった。
 
調べたところによると、中国へのビザは船中で取ることが出来るらしいので、中国ビザの準備は必要ないみたいだ。
 
 
 
船のチケットは旅行会社を通して取った。
 
7月なかばの出発。二十歳の誕生日になる1ヶ月前だ。
 
二十歳になる前に出発すると言うのが、僕に取って重要な象徴的イベントだった。
 
 
 
神戸港から出航する新鑑真号と言う寝台フェリーで3日かけて中国の上海に向かう。
 
フェリー代が2万円、ビザ代が1万円、当時の飛行機代と比べると圧倒的に安かった。
 
 
 
 
 
 

旅行期間

 
 
 
ペルーから日本に帰って来ていた姉に、一人暮らしのマンションを引き払って旅行に行くと言う話をした。
 
 
 
予定では中国に船で渡り、インドへ行き、3ヶ月後に帰ってきて、実家で暮らすと言うアイデア。
 
 
 
タイ旅行の際に出会った旅人たちは別として、バイト先の友人には誰も3ヶ月も旅したことのある人は居なく、10代のうちに常識はずれな長期旅行をする自分にある種の優越感を感じて居た。
 
 
 
姉に3ヶ月旅行すると伝えた時には無意識のうちにドヤ顔をしていたと思う。
 
 
 
だが、海外に何年も住んでいた姉は僕のドヤ顔の遥か上を行っていて、3ヶ月の海外と言うのはあまりにも短く感じたようだ。
 
姉からは、
 
”せっかく家を引き払って自由に旅をするのに3ヶ月しか旅しないの?”
 
と言う驚きの答えが返って来た。
 
 
 
言われてみて、確かにその通りだと納得した。
 
3ヶ月後に帰ってこなければならない理由など何も無かった。
 
理由はないのに、無意識のうちに”予定”と言う枠組みを設定していた。
 
 
 
姉からのインスピレーションに従い、旅行期間を3ヶ月から無期限に変更した。
 
お金の続く限り、ゆっくりと世界を見てみよう。
 
 
 
貧乏な家庭に育ち、貧乏な一人暮らしをしていた僕にとって、節約はお手の物だった。
 
質素な暮らしを苦にしないのは自分の最大の長所だと思っていたので、この長所を利用して人生を有利に進めていこうと思っていた。
 
 
完全版へつづく。。。

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