放浪記
20年以上の世界放浪を綴った自伝的連載。各地での出会いと別れ、日々の断片を残しています。
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自転車で沖縄へ向かう話2(放浪記496)
次の日、朝早くに友人宅を出た。 姫路から大阪の母の家まで8時間かけて自転車で向かうのだ。 もちろん、再び電車に乗って実家へと帰るという選択肢もあったが、これから沖縄まで自転車で向かおうとしている人間が、この程度の距離で怖気付いていては話にならない。 将来的にはアフリカ大陸すら視野

自転車で沖縄へ向かう話1(放浪記495)
大きな山小屋での同僚の一人に、アウトドアスポーツマニアの男の子がいた。 彼は色々なスポーツをこなすが、その趣味の一つは自転車旅行だった。 山小屋で働いてお金をためては、新しい自転車を買い足していた。 もちろん毎回アップグレードするのである。 その中での一番古い型は、もう乗ることが

祖父の死の話5(放浪記494)
僕は、この旅行記ブログは、人記事あたり大体800文字を目安に書いている。 前回の記事で、何文字くらい書いたかな?とみてみると、ちょうど777文字だった。 まるで、ギャンブル好きの祖父の霊が見守ってくれているようである。 僕と祖父とは何らかの霊的な繋がりが強いようで、そのような話は

祖父の死の話4(放浪記493)
葬式の後は、近所の火葬場へ運ばれて荼毘にふす。 数時間かけて焼いた後は、祖父の亡骸は両手で救えるほどの遺灰のみとなった。 人の一生とは儚いものである。 僕がインドへ行って帰ってくるたびに、生前の祖父は自分もインドへ行ってみたいと言っていた。 僕は、この遺灰をみて、祖父の亡骸をイン

祖父の死の話3(放浪記492)
叔父の自殺の知らせと祖父の死とIちゃんとの別れは同じ時期にやってきた。 全てが一ヶ月以内に起こったのだ。 僕の頭の中にはIちゃんとのことが巡っていたが、それ以外の頭の中は、祖父の死と叔父の自殺だった。 別々にやってきていれば、まだ堪えることも簡単だっただろう。 だが、その全てが一

祖父の死の話2(放浪記491)
叔父は借金取りのヤクザから追われる身となり、近畿各地を逃げ回っていた。 母の家にも借金取りからの電話がかかってきていたようだ。 昔の奥さんともしばらく前に離婚しており、頼れる友人などもいなかったようだ。 逃げ回り続けた末に、どこにも行くところがなくなり、母の姉とその旦那の家へと居

祖父の死の話1(放浪記490)
大阪の実家へ帰ってきて、しばらくの間は山小屋での疲れを癒すことに費やした。 僕が帰ってきてしばらくすると、祖父の容体が一気に悪化し始めた。 そもそも僕がイギリスを離れて日本に帰ってきたのは、祖父の最後を看取るためだったが、ついにその時がやってきた。 僕にも覚悟はできていたし、祖父

北アルプスの山小屋で働く話48(放浪記489)
山小屋で何年も働く山男や山女たちの飲みっぷりは半端なものじゃない。 空気の薄い山頂ではお酒が回りやすい。 そんなところで毎晩晩酌をしている人たちにとっては、空気の濃い低地ではお酒は水みたいなものだった。 屈強で体力に溢れ、気合いに満ちた山人たちが最後の宴会をしているのである。 な

北アルプスの山小屋で働く話47(放浪記488)
僕は一人一人順番にお酒を注ぎつつ、会話をこなしていく。 それは社交辞令的な部分も大いにあるが、それでもそれぞれの個性と一対一で向き合って会話をするというのは、一歩踏み込んだ繋がりを持たされる。 お世話になった人や、よく見知った同僚とは気軽にお酒を交わし会えるが、お互いにストレスを

北アルプスの山小屋で働く話46(放浪記487)
Iちゃんは話すことを話して、スッキリしたかのように離れていった。 彼女としても僕を傷つけたくないという思いと嘘をつきたくないという思いとK君に好かれたいといいう思いの間でせめぎ合っていたようだ。 僕たちは距離を置いて歩きながら宴会場へと向かう。 色々な思いが頭をよぎり、混乱し、地

北アルプスの山小屋で働く話45(放浪記486)
とりあえず会話を続けなければ話にならない。 Iちゃんが好きになったのは誰なのか尋ねる。 だが、聞いても言葉を濁して伝えてくれない。 仕方がないので、候補になりそうな男性を一人づつあげていく。 結果的にわかったのはこの記事で紹介した5つ年下のK君だった。 K君とは僕も仲良くしていた

北アルプスの山小屋で働く話45(放浪記485)
僕はその話を聞いて納得することができた。 旅をしている最中にも常々彼女の独立心や自立心に疑問を感じていて、何度か彼女の精神的自立について話し合ったこともあった。 別れることは残念だが、彼女が自立し成長した結果として別れるのならば、辛いけれど受け入れることができる。 なぜこんなにも

北アルプスの山小屋で働く話44(放浪記484)
Iちゃんと会話をすることすら難しかったが、何とか機会を見つけて何が彼女の中で起こっているのか問いただすことができた。 その回答は、”時が来れば話す”というものだった。 僕としては全く納得がいかないが、待てと言われれば待たざるを得ない。 不満を感じたまま山小屋バイトの残りの日々を過

北アルプスの山小屋で働く話43(放浪記483)
寮では数日の間、他の小屋の従業員たちと和気藹々と過ごし、体の疲れをほぐした。 その後は一ヶ月ほどの間、以前働いていた大きな小屋で働いて山小屋バイトが終了する。 僕にとっては、ガールフレンドのIちゃんとの再会が最重要事項だ。 僕が別々に行動している間に大きく成長したように、この期間

北アルプスの山小屋で働く話42(放浪記482)
車酔いの苦しさに追い討ちをかけたのが、酸素の問題だ。 低地で暮らしていて急に標高2800メートルもの高地に上がると高山病にかかる。 酸素が薄いので呼吸がしづらく、脳内への酸素供給量も限定される。 それゆえに頭痛がし、吐き気を催し、ひどい場合には痙攣などが起こることがある。 この症

北アルプスの山小屋で働く話41(放浪記481)
もう一つ教えられてのは、下山時の歩き方だった。 山を降りるのは重力に任せて歩を進めるだけなので、簡単だと思われがちだが実は正反対で、ほとんどの事故は下山時に起こっている。 その理由は、足を下方へ踏み出したときに自身の全重量とバックパックの重さが、重力によって加速されて片足のみに負

北アルプスの山小屋で働く話40(放浪記480)
山小屋での日々は小屋閉めへと向けて進んでいく。 「小屋閉めノート」に書かれたチェックリストを一つづつこなしていく。 このノートは、毎年入れ替わる山小屋バイトの誰にでも理解できるように工夫を凝らして書かれている。 こう言った山小屋の仕事のオーガナイズのうまさは、経営理念を信奉する社

北アルプスの山小屋で働く話38(放浪記478)
この日はいつもよりもさらに早起きだ。 なんせ目的は朝日に焼ける山頂をみることなので、日が上ってからでは遅いのだ。 夜空は既に白んでいて、夜明けが近いことを示している。 テントの中で微睡んでいるうちに、朝日が昇り出した。 朝日の真っ赤な光が、山頂の天辺を照らし出す。 その光は徐々に

北アルプスの山小屋で働く話37(放浪記477)
昨日は8時間ほどぶっ続けで歩いたので足腰が疲れていたが、それ以上に山歩きの喜びが大きく、気分は高揚していた。 気分の高揚に任せてどんどんと突き進む。 何よりも気分がいいのは、人の姿も人工物の姿も一切見えないことだ。 周囲何キロ、何十キロにも続く山並みの大自然と自分だけ。 まさに外

北アルプスの山小屋で働く話39(放浪記479)
下界では残暑に苦しみ、蝉が泣き喚いているころだが、山では既に夏が終わり秋が近づいていた。 標高が1000メートル上がるごとに気温は6度づつ下がっていく。 さしづめ、2800メートルのうちの小屋では、地上と比べて17度ほど気温が低いことになる。 下界が32度の残暑ならば、山頂は15

北アルプスの山小屋で働く話36(放浪記476)
小屋から20分ほど歩いたところに温泉があった。 温泉の色は白く濁った水色で、奇妙な神秘さがあった。 あまり自然の中で見る色ではない。 僕は雰囲気のあるボロボロの山小屋に泊まる代わりに、温泉のそばでのテント泊を敢行した。 僕はテントを設営し、食事をとって温泉に入る準備を整えた。 温

北アルプスの山小屋で働く話35(放浪記475)
生きるか死ぬかの状況に研ぎ澄まされた意識は、自然の真の姿を浮かび上がらせる。 もちろん、人間社会の埃をかぶっていない山は文字通り生命に満ちていただろう。 そこに研ぎ澄まされた精神が合わさることで、緑が輝きを増すのである。 おそらく僕の目はギラギラと輝いていたことだろう。 初めての

北アルプスの山小屋で働く話34(放浪記474)
とんでもない超労働の夏の盛りを過ぎて、8月後半に入ると一気に登山客が減る。 その人数の増加具合と現象具合は、一種のバブル経済のような趣もある。 このタイミングが、僕たちバイトが休暇を取るタイミングになる。 お客さんが減るものの、夏バイトの人たちもまだ働いており、仕事もしっかりと覚

北アルプスの山小屋で働く話32(放浪記473)
支配人は常々、海の日がくるぞと言っていた。 小屋明けから海の日までの一ヶ月間は、繁忙期の準備のために費やされた。 山小屋の利益の7割ほどが、この3週間の繁忙期に集中する。 忙しい時などは、小屋の定員を超えることもある。 山小屋では定員を越えたからといって、追い返すことは法律で禁止