放浪記
20年以上の世界放浪を綴った自伝的連載。各地での出会いと別れ、日々の断片を残しています。
521件の記事 ・ 3 / 22 ページ

北アルプスの山小屋で働く話31(放浪記472)
夏バイトの二人は非常に優秀で、真面目でよく働き、人当たりも良く明るい人たちだった。 この小さな小屋に来る前にいた大きな小屋では、毎年バイト同士のいざこざが起こって、過度のストレスを持った上で繁忙期をくぐり抜けなければいけないと脅されていた。 だが、僕のいる小さな小屋では、そのよう

北アルプスの山小屋で働く話30(放浪記471)
日々の仕事は順調に行った。 毎日覚えることはたくさんあり、新しいことだらけだったが、Jさんは新人に指導するのが上手かったので、無理なく仕事に慣れることができた。 一ヶ月もする頃には山小屋のほぼ全ての仕事をこなせるようになっていた。 平日のお客さんの少ない時は僕一人が朝一に起きて全

北アルプスの山小屋で働く話29(放浪記470)
Sさんは蝶々の話に度肝を抜かれ鳥肌の立っていた僕たちに、立て続けに体験談を話してくれる。 ある時、山で猛吹雪が発生し、女性登山客が遭難した。 猛吹雪ゆえに二次遭難の恐れがあるため捜索出来ず、吹雪が止んだ後に捜索が行われた。 女性登山客は登山道の真ん中で、死体となって見つかった。

北アルプスの山小屋で働く話28(放浪記469)
Sさんは、山小屋の通常業務である、食事を作ったり布団を畳んだりなどということには関わらない。 山の専門家として、登山道の整備の他に緊急時のレスキューなどの素人では事足り無い山作業の専門家だ。 彼はこの40年の間に数多くのレスキューをこなし、数多くの登山家の死を目にしてきた。 Sさ

北アルプスの山小屋で働く話27(放浪記468)
山小屋で働いていると、山小屋関係の人脈が増えていく。 特に近隣の山小屋との関係は密接だ。 お互いに必要な時に助け合ったりもするし、必要に応じて寝床や食事も提供する。 その中でも登山道の整備は一つの山小屋の問題ではなくて、近隣の山小屋全ての問題なので、その点に関しての協力関係は密に

北アルプスの山小屋で働く話26(放浪記467)
パイプが小屋にまで繋がるのには時間がかかる。 なんせ700メートルの距離を山を登りながら繋いでいくのだから簡単な作業ではない。 2時間ほどかかるというので、持ってきていたおにぎりを食べて、昼寝をして過ごすことにした。 おすすめの昼寝場所はJさんに教えてもらっている。 谷の真ん中に

北アルプスの山小屋で働く話25(放浪記466)
僕たちはパイプの一部とパイプ接続のための道具を担いで崖を登っていく。 登りながらパイプを足元に垂らして行き、谷間へと水を届ける水路を確保する。 山から谷に降りるときは登山道を通って降りてきたが、水の湧き出る斜面へは登山道などはなく、急勾配の瓦礫の山を乗り越えていく。 はっきり言っ

北アルプスの山小屋で働く話24(放浪記465)
水あげという言葉には色々な意味があり、船から荷物を下ろすことや、漁業の収穫高、生花の用語、芸妓の用語でもあるらしい。 山小屋では文字通り水を上げることを意味する。 昔は人力で水を担いで水を提供していたらしいが、今ではエンジンとポンプを使って麓の沢から水を押し上げる。 押し上げるの

北アルプスの山小屋で働く話23(放浪記464)
小屋開けから1週間ほどは僕と支配人のJさんの二人だけだったが、1週間ほど経ってついに三人目のKちゃんがやってくることになった。 Kちゃんは以前は山の麓にある同じ系列の温泉宿で働いていたらしいが、ついに念願かなってこの小屋で働く機会を得た。 僕は20代前半、Kちゃんは30代前半、J

北アルプスの山小屋で働く話22(放浪記463)
Jさんのプロ意識は徹底していた。 それは料理人として本気で修行してきたことも関わっているし、彼本人の美意識からも来ていたようだ。 その美意識は山小屋の運営にも活かされていた。 一般的には山小屋というと厳しい自然環境にあり、粗野で質素な宿泊施設を想像されるが、うちの山小屋は違ってい

北アルプスの山小屋で働く話21(放浪記462)
料理の基礎となる包丁の話はまだ続く。 まな板の下には必ず布巾を挟むように教えられた。 そうすることで、余分な衝撃を吸い取り歯を痛めず、滑らずに安定して切り続けることが出来るのだそう。 次に教わったのは、包丁の持ち運び方だった。 大きなキッチンでは、包丁を持ったままテーブルを移動す

北アルプスの山小屋で働く話20(放浪記461)
Jさんは本当に基礎の基礎から教えてくれた。 役に立つ知識なのでいくつか紹介したい。 まず最初に教えてくれたのは、包丁の研ぎ方だった。 僕は、包丁を研ぐなどという考えすらなかったので、非常に役に立つ知識だった。 まずは研ぎ石をしっかりと水で濡らし、砥石の下には濡れた布巾をおいて滑ら

北アルプスの山小屋で働く話19(放浪記460)
彼はその経歴を生かし、最初から料理長として山小屋に就職した。 彼は料理家として優れていただけではなく、頭が良くてセンスがあったので、仕事をうまくこなし、社長の信頼を得て一つの山小屋を任されるまでになった。 そこへ至るまでには、社長との交渉が色々とあった。 Jさんは彼の才能を最大限

北アルプスの山小屋で働く話18(放浪記459)
これから僕の直属の上司になる、小さな山小屋の支配人Jさんは、かなり素敵なおじさんだった。 大きな小屋にいる時に少しづつ仲良くなっていったが、小さな山小屋に移って24時間一緒に時間を過ごすことで、その人隣が理解できるようになっていった。 彼はユーモラスで暖かい心を持ち、中継小屋のM

北アルプスの山小屋で働く話17(放浪記458)
山小屋の不潔さや不便さは歴史的なところから来ていて、この辺りの事情は一般的なホテルとは事情が大きく異なる。 歴史的に山小屋とは、山頂近くで雨露をしのぎ、飢えないために食料と水を確保できる場所だ。 命を繋いで登山を続けるための非常用の施設だ。 山頂近くにあるので、谷の湧き水などはな

北アルプスの山小屋で働く話16(放浪記457)
この小さな山小屋はまだ稼働していない。 小屋開きの準備中だ。 全ては小屋中の大掃除から始まる。 八ヶ月もの間、手付かずに置かれた小屋には埃が積もっている。 それを隅から隅まで箒で掃いて綺麗にした後に、全てを水拭きする。 掃除機などの電気を使う道具はここにはない。 ほとんどの作業が

北アルプスの山小屋で働く話15(放浪記456)
小屋へとやってきたのは、僕と支配人の二人だけである。 3人目は数日後に徒歩でやってくる予定だ。 ここからは歩いて1時間ほどの距離に2件の山小屋があるが、それ以外は何もない。 あるのは山だけだ。 木や森すらない。 とうに森林限界を超えていて、50センチ以上の大きさの植物は育つことが

北アルプスの山小屋で働く話14(放浪記455)
僕たちの乗ったヘリコプターは、山の上空へと急上昇していき、またもやとんぼ返りのような操縦の元に山を離れていく。 今回のとんぼ返りは必要なかったようだが、どうやら新参者の僕を歓迎するために、おまけとして驚かせてくれたようだ。 90度傾けたアクロバティックな操縦をしているときには、扉

北アルプスの山小屋で働く話13(放浪記454)
ヘリコプターは、荷物をヘリポートにおろして、次の荷物を取りに向かう。 次のヘリが戻ってくるまでは、時間にして10分から15分と言ったところ。 その空き時間内に、数百キロに及ぶ全ての荷物をヘリポートから片付けないといけないのである。 従業員の皆が荷物運びに集中するとはいえ、それでも

北アルプスの山小屋で働く話12(放浪記453)
大きな山小屋での仕事に慣れ始めた頃に、次の山小屋への移動の日がやってきた。 恋人のIちゃんと一緒に時間を過ごしながら働けるというのが目的で山小屋に働きにきたが、結果的にはあまり一緒に時間を過ごすことはなく、このまま次の小屋へと移動になった。 次に働きに行く山小屋は、今働いている小

北アルプスの山小屋で働く話11(放浪記452)
登山道が整備されたことと、初心者向けで登りやすいという宣伝効果が合わさったことで、登山慣れしていない年配の登山客が大勢やってくるようになった。 だが、それと同時に登山中の事故も増えていくようになった。 そして不思議なことに、その事故の多くはある一定の場所で頻発していた。 ある人は

北アルプスの山小屋で働く話10(放浪記451)
その山人の個性の代表格とも言えるのが、山小屋の代表でもある社長だった。 以前の記事では、この3代目社長が経営の神様の信奉者になってしまい極端な経営理念を従業員に押し付けている、と言う話を書いた。 この経営理念は従業員からするとたまったものではないか、いろいろな方向へ良い効果をもた

北アルプスの山小屋で働く話9(放浪記450)
僕が仲良くなりやすかったのは、K君だった。 ほとんどのアルバイトは全国各地から来ていたが、彼は地元の長野出身だった。 彼の両親は元ヒッピーの旅人で、世界や日本を旅したのちに、長野の山奥のヒッピー村に落ち着いたらしい。 今では比較的社会に適応した暮らしをしているらしいが、それでも自

北アルプスの山小屋で働く話8(放浪記449)
目つきが悪く無口なR君(二十歳)は徐々に仕事に慣れて行っていた。 慣れていくにつれて、彼のキャラクターが大きく変わっていく。 彼は無口なのではなく、実は物凄く極端に人見知りする正確だったらしい。 しかも、地元の栃木ではとんでもない不良だったらしく、銀色のスーツを着て通りを練り歩い