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北アルプスの山小屋で働く話17(自叙伝458)

 

山小屋だから

 

山小屋の不潔さや不便さは歴史的なところから来ていて、この辺りの事情は一般的なホテルとは事情が大きく異なる。

 

歴史的に山小屋とは、山頂近くで雨露をしのぎ、飢えないために食料と水を確保できる場所だ。

命を繋いで登山を続けるための非常用の施設だ。

 

山頂近くにあるので、谷の湧き水などはなく、常に水不足。

食料は保存のきく限られたものしか手に入らない。

暖かいものが食べられるなら、それだけで満足。

 

 

不便さ

 

そういった極地の不便さを基準として成り立っているので、登山客も甘んじて受け入れているのだ。

 

むしろ、その不便さや不潔さを意に介さない強さを登山客自体が誇っている部分もある。

その辺りの意識は、旅人文化とも共通する。

 

今でも、奥地の小さい山小屋では電気がなく、オイルランプと薪による料理で登山客をもてなすところもある。

 

オイルと食料は歩いて運び、薪は周囲の森林から伐採して使用する。

非常に質素で自然と密着した運営方法は、一部の登山客の熱烈な支持を受けている。

 

 

便利さ

 

だがそれと同時に、近代化された今では、ヘリコプターで荷物を運び、ポンプを使って水揚げし、発電機や太陽発電で電気を補給し、冷凍庫に食料を保存し、場合によっては衛星インターネットまであったりする。

 

先日までいた大きな山小屋では、水は24時間谷からポンプで上げており、発電機も24時間稼働している。

料理はガスと冷凍庫によって成り立ち、食料はヘリコプターで荷上げする。

 

こういった極度な便利さは、経営の神様を信奉する社長によってもたらされたもので、登山客には喜びを持って迎えられた。

 

だが、古き良き山小屋を知る人たちからは、あまりにも物質的な快適さを批判されることも多かった。

もちろん、そんなことを意に介するような小さな肝っ玉の社長ではなかったが。

 

 
 
 

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