放浪記055

西成での文化人生活の話10(放浪記055)

映画による人格形成

 
 
 
映画は僕にとって神も同然だった。
 
 
 
僕は自分の好きな映画の発するメッセージをかなり素直に受け入れていたように思う。
 
色々な映画から色々な影響を受けたが、芸術的と言われる映画、芸術的だと自分が感じる映画からの影響はモロに受けた。
 
 
 
僕が芸術的だと感じた映画は、叙情的で牧歌的な映画から煽情的で挑発的な映画まで幅が広い。
 
だが影響を受けたのは、穏やかで詩的な映画ではなくて激しくて背徳的な映画ばかりだった。
 
それも暴力性や残虐性の強い作品に魅入られたし、そういう映画がオシャレだと感じていた。
 
 
 
あらゆるタイプの映画があり、あらゆるタイプの映画の面白さを理解しているにも関わらず、反社会的な傾向のある映画にとりわけ惹かれたのは、自分の心の中に多くの精神的毒素のようなものが有ったからだと思っている。
 
 
 
エホバの証人の家庭で育ち文化的に抑圧されると共に、鞭で打たれて躾けられることで、発散される事のない理不尽さへの怒りなどが、心の毒素となって積もっていた。
 
長年に渡り積もり積もった毒素が、十代という反抗的な時期に反抗的な映画や音楽を触媒として流れ出していたんじゃないかと思う。
 
だからこそ、ハードコアテクノが癒しとして作用したし、激しく脳みそを搔きまわすような音楽が心を落ち着かせた。
 
反抗的で暴力的な映画や若者の生活の崩壊を描いたような映画は、自分の存在を支持してくれているように感じたのかも知れない。
 
 
 
”ザ・ブルーハーツ”というバンドの”パンク・ロック”という曲で、
 
 
 
”僕 パンク・ロックが好きだ
 
ああ やさしいから好きなんだ”
 
 
 
という歌詞があるのだが、その言葉が心に染みていた。
 
心に傷のある人間にはよく分かる歌詞だ。
 
 
 
 
 
 

心の毒素

 
 
 
僕の心の中の毒素はエホバの証人をやっていた12年間にかけて蓄積されたもので、そう簡単に出し切れるものでも無かったが、音楽や映画という出口を見つけた事で徐々に放出されていった。
 
それまでは出口がなく鬱屈していた想念が、居場所を見つけることで徐々に成仏して行ったのかもしれない。
 
 
 
嫌なことしか無かった17歳以前の自分を捨てて、新しい自分を形作りたい僕には、映画に描かれる世界は魅力的だった。
 
自分の全人格、全人生、価値観や学んだことなどを捨てて空っぽになったところに、映画からの影響を詰め込んでいった。
 
 
 
 
 
 

共鳴

 
 
 
僕の心の中の毒素は、ある特定の映画に共鳴した。
 
 
 
ハリウッドのアングラな映画には得てして幻想的、変態的、悪魔崇拝的な作品が多くあり、僕の心の毒素のアンテナはこれらの作品に鋭く反応した。
 
 
 
デヴィッド・リンチの描く退廃的で精神病的な世界観。
 
”ツイン・ピークス”と言う作品にはどっぷりとハマり、女子高生の惨殺死体から始まる暗示的な物語に取り込まれていった。
 
 
 
ティム・バートンの描くマイノリティーの異形の者に対する想い。
 
”ナイトメア・ビフォア・クリスマス”と言う作品の可愛らしい悪魔たちに対する愛情に共感した。
 
 
 
ジャン・ピエール・ジュネの描く幻想的で悪魔崇拝的な映像美。
 
”ロスト・チルドレン”と言う作品では、子供を誘拐する話を幻想的に美しく描いていて、僕のフェイバリット・ムービーの一つになっていた。
 
 
 
これらの退廃的で悪魔的な映画の情報を一目見た瞬間から虜になってしまうような、なんらかの周波数的な一致があった。
 
おそらく、これらの映画監督たちも、なんらかの幼少期のトラウマがあるのかも知れない。
 
だからこそ、僕の中の毒素と反応しあったのだと思う。
 
 
 
僕にとっては、歪み、闇、変態、怪しさ、胡散臭さなどの要素は芸術的美しさの象徴の一つになっていた。
 
自分の中の毒素と反応し、映画を通して活性化させることで、自分の内側の世界と外側の世界の調和を図っていたように思う。
 
 
 
 
 
 
つづく。。。
 
 

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