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放浪記064

共産主義国家中国を旅する話1(放浪記064)

旅立ちの朝

 
 
 
ついに旅立ちの日が来た。
 
 
 
バックパックを背中に担ぎ、実家から出発。
 
僕は実家の玄関を出た時点で、すでに旅モードに入っていた。
 
 
 
バス停までの数分の距離を歩くことが何となく力強く誇らしい。
 
今までになんども利用した実家から駅までのバスまでが全く違った目線で見えてくる。
 
実際に実家に戻って来たのは1年半ぶりなので、バス道路沿いの建物やお店の景色も少しだが変わっている。
 
あのレストラン潰れたのか、あんなところにユニクロが、またコンビニが増えた、などの些細な変化を見つけることが、いつにも増して喜ばしい。
 
 
 
 
 
 
 

荷物

 
 
 
気軽に旅を続けられるように、荷物はかなり少なくした。
 
ミニディスクのコレクションを実家に置いていくことにしたのも、その一つだ。
 
 
 
僕は一人暮らしをしていた1年半の間、朝起きた瞬間、トイレに行く前から寝るまでの間、ベッドに入る瞬間までずっと音楽を聴いていた。
 
聴かないのは本を読むときと映画を見るときと友人たちと牛丼を食べる時だけ。
 
それ以外は家にいるときも、自転車でバイトに向かうときも、バイト中もずっと音楽を聴き続けていた。
 
そういう環境で生活できていた事もありがたい。
 
 
 
旅を終えて日本に帰って来た後には、実家に住んで作曲活動に集中したいと思っていたので、その前に数ヶ月の間、音楽を全く聴かない期間を持つのは、良いインスピレーションに繋がるんじゃないかと思っていた。
 
音楽を愛するが故のミニディスクを置いていくと言う選択だった。
 
 
 
持って行く本は出る前に友人がくれた中国のガイドブックだけ。
 
一緒にタイを旅したAくんが、以前中国を旅する計画を立てていたらしく、古いガイドブックをくれた。
 
このガイドブックには後々色々と助けられることになる。
 
 
 
他に持ったのが一冊のノート。
 
中国についたら旅日記を毎日つけていこうと思っている。
 
何だかペルーに行った時を思い起こさせるような装備だが、無意識のうちにこれを行なっていた。
 
 
 
無意識の内の何処かに、物を持たないことで自分自身と向き合いたいという思いがあったんじゃないかと思う。
 
宗教家の母の血なのか、都会に住むミュージシャンでありながら、修行僧的な思想が根っこにあったように思う。
 
 
 
 
 
 

神戸港

 
 
 
とりあえずの目的地は神戸港だ。
 
 
 
新鑑真号と言う寝台フェリーが上海ー神戸間を運行している。
 
2泊3日で上海につくらしい。
 
 
 
大阪に住んでいながら、隣町の神戸まで行ったことがなかった。
 
大阪の天王寺を中心とした半径10キロ以内に、実家も含めての僕の生活圏は収まっていた。
 
神戸港へ向かう途中に神戸の街を見る機会もあるかと思ったが、電車で駅を素通りしただけだった。
 
 
 
新鑑真号の出発する港の近くの駅まではすぐだった。
 
大阪の実家からは大した距離ではない。
 
 
 
駅からしばらく歩き、受付カウンターにて搭乗手続きを済ませる。
 
船は見た感じけっこうボロい感じだけど、上海までは問題なさそうだ。
 
 
 
船の直前で出国手続きを済ませて、ついに船内に乗り込む。
 
渡されたチケットに書いてある番号に従い、自分の船室まで向かう。
 
 
 
船室は8人一部屋のドミトリー。
 
それぞれのベッドにはカーテンで仕切りがつけられており、一応のプライバシーは保たれる。
 
部屋にはまだ誰も来ていなかった。
 
 
 
これから3日間の船旅に身を委ねるフェリー内を散策した。
 
レストランや、卓球室や麻雀室などがあったが、残念ながらお世辞にも、快適で綺麗な観光船とは言えなかった。
 
必要最低限のものが必要なスペースに配置され、無料あるいは低料金で使用できる。
 
ホリデーを楽しむ船ではなく、中国人出稼ぎ労働者の業務用の船という感じだった。
 
限られた予算で最大の旅を成し遂げようとしている僕には、似合っているように感じた。
 
 
 
さらに散策していると、リビングルームのような所で、他の日本人の旅人に出会った。
 
今後の旅の話になり、僕は上海から南に下り、東南アジアやミャンマーを超えてインドに向かうつもりだと伝えた。
 
すると驚きの返事が返って来た。
 
彼が言うには、インド-ミャンマー間の国境は閉じていて、中国からインドに向かうにはチベットを超えていかなければならないと言う。
 
僕も驚いていたが、彼も僕がこの情報を知らないことに驚いていた。
 
旅人の間では常識的な話だったらしい。
 
 
 
上海から南へ下る進路を突如変更して、西へ向かってチベットを超えるルートをとることにした。
 
有って無いような予定だったので、変更することに何も問題は無かった。
 
 
 
突如目の前に現れたチベット旅行と言う未知すぎる未来が、旅の持つ可能性を暗示していた。
 
 
 
 
 
 
つづく。。。
 
 

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