ホーム » 放浪記 » ヒマラヤの秋の話23(自叙伝228)

ヒマラヤの秋の話23(自叙伝228)

 

バシシトへ帰る

 

僕たちはパールヴァティ・バレーを十分に楽しんだ後に、またバシシトへ帰ってきた。

住み慣れた部屋と長い付き合いの友人たち、熱々の露天風呂が熱気を持って迎えてくれた。

 

宿へ戻ると、ゴアにいた時に一時期、隣の部屋に滞在していたUくんが日本からやって来ていた。

彼はドレッドロックスの髪型と顎に空いたピアスを持ち、去年に旅を始める前からすでに社会から逸脱していたが、ゴアでの体験により完全に社会から出て生きることを決意した旅人の一人だ。

 

当時の90年代後半の日本ではドレッドロックスの髪型をしている人は皆無で、彼の異形の様相は人目に付き、彼の持つ人生に対する覚悟は、僕の目に格好良く映った。

 

彼は歌舞くという表現をよく使っており、その意味は自分の美しさを最大限に派手に表現すると言うような意味を持っていた。

僕は、その言葉に賛同し影響を受けて、自分も彼のようなドレッドロックスにしようと髪を伸ばしていた。

 

 

ルパン一家

 

僕は、この時の10ヶ月ほど前に頭髪を全て剃っており、髪の毛はあまり長く伸びてはいなかったが、シャンプーをやめて石鹸だけで洗うようにして、髪の毛が絡まりやすくドレッドになりやすいようにしていた。

 

髪を剃った当時は、短い頭髪と痩せていて背が高い体型から、ルパン三世のようだと揶揄されることがあった。

 

その髪の毛は、今では中程度に伸びて、顎髭も数センチ程度に伸びていた。

今度はその髪型と髭の様相がルパン三世のアニメに出てくる次元大介に似ていると揶揄される様になっていた。

 

 

シャンティ

 

Uくんは僕よりもひとつ上の22歳と他の旅人たちと比べると圧倒的に若く、その格好からも分かるように極度に反抗的な性格をしていた。

 

彼は派手な刺激が好きで、ロックな生き方をしたいと望んでいたが、しばらくバシシトで時間を過ごすことにより徐々に変化していった。

 

毎日、雄大なヒマラヤの山々を見ながらリラックスして過ごし、温泉に入って体を温めて、注文してから料理が出てくるまで2時間位かかるレストランで、友人たちと和やかに食事を楽しむ日々を過ごしているうちに、彼の持つ棘が柔らかくなっていった。

 

バシシトに滞在して一ヶ月も経つ頃には、忙しく旅して回るなんて馬鹿らしくてやってらんないね、などと他の旅人たちを罵り始める始末だった。

 
 
 

前の記事 | 次の記事

 

 

当サイトは皆様の共有のおかげで成り立っています。

シェアをよろしくお願いします!

 

ホーム » 放浪記 » ヒマラヤの秋の話23(自叙伝228)

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。