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ヒマラヤ山脈の温泉村の話10(自叙伝187)

 

友人たち

 

僕がバシシトに到着してからは、幾人かのゴアの友人たちが集まってくる。

 

僕たちは別に、またマナリで会おうね、などと約束していた訳ではない。

ただ、ゴアでの日々が楽し過ぎて、仲の良い友人たちがマナリで楽しんでいるのに、自分だけがそこに居ないのが我慢できないのだ。

 

それほどまでにゴアは楽し過ぎたし、それぞれの人生において、それぞれの関係がなくてはならない存在になっていた。

 

 

旅人と社会

 

みんなそれぞれゴアの後に日本に帰って、何らかの仕事をして必死にお金を貯めてインドへ戻ってきていた。

 

すでに貯金のあった人や、すでに何度も旅をしては日本に帰って働くという事を繰り返している人は、どうって事なかったようだが、僕みたいに初めての旅でインドを楽しみ抜いた後に、日本に帰って必死でお金を貯めた人たちは一人残らず、深い苦しみを経験していた。

 

長期旅行から帰ってきて、短期で働いてはまた外国へ出て行く人を雇いたい会社など殆ど無い。

出来る仕事は、人手さえあれば良い単純な肉体労働や夜の仕事などだった。

 

興味があって面白くやる気の出るような仕事に、短期間でやめて行く旅人がありつけることはまず無い。

 

また、自由を経験し、個性を解放した人が、社会に溶け込もうとしても軋轢が起こるだけで、入る側も受け入れる側も苦しいだけだ。

 

 

苦しみのパターン

 

数年後に知ったが、これは旅人あるあるの話で、初めて外国を長期間旅して、貯金を使い果たし自国へ帰り、また旅するために働く人のほぼ全員が、今までに付き合ってきていた家族や友人や社会とのギャップを感じ、孤立感や理解されない苦しみを感じる。

その苦しみから逃れるためにまた外国へ旅に出る人も多い。

 

興味深いのは、どこを旅したかや、どの国出身かはほとんど関係なく、どれだけ外国を楽しんだかに関わっているようだ。

そして、その楽しみの度合いが強いほど、またその体験がそれまでの体験と違えば違うほど、自国の社会へ戻った時に苦しみを感じるようである。

 

また国自体も関係なく、北海道を楽しんだ東京人や、沖縄を楽しんだ大阪人にも当てはまる。

 

それまでの現実を離れ、新たな現実で理想的な生き方をし、それまで抑圧されてきていた個性を解放した後に、それまでの現実へと戻る。

 

だが、新たな経験をした以上、もう以前の自分へと戻ることはできないのだ。

 

 

 
 
 

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