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北アルプスの山小屋で働く話4(自叙伝445)

 

朝食

 

朝8時に起きて従業員の食堂へ向かう。

朝食の時間だ。

 

朝ごはんもしっかりとした物が出されて、一日中働くだけのエネルギーを与えられる。

食事は常に満足できるという話は本当のようだ。

 

驚いたのは、食事が終わり休憩を挟んだ後だった。

 

皆が再び食堂に集まり朝礼が始まる。

それぞれの部署の代表がその日の仕事を伝え合い、確認し合う。

 

 

唱和

 

朝礼が一通り終わると、皆で「経営理念の唱和」が始まった。

 

具体的な内容は覚えていないが、『私たちはお客様のために尽くします』といった事柄のお題を一つづつ順番に皆で唱えていくのだ。

 

この唱和には度肝を抜かれた。

 

まるで、自己啓発セミナーかカルト宗教などを思い起こさせるような不気味な一体感があった。

耳障りの良い前向きな言葉の反復だが、そこには明らかに従業員の思考を支配しようという洗脳の意図が感じられた。

 

言っていることは良いことだし、おそらくこれを唱和する事で仕事がうまく回ったりもするのだろう。

だが、この小屋へとやってきたばかりの僕の目には不気味なものにしか映らなかった。

 

 

環境整備

 

朝礼での唱和が終わった後には環境整備と呼ばれる行動に移る。

これがまた、僕に気色悪く感じさせるような物があった。

 

この山小屋では毎日15分間、それぞれの従業員が小屋の一部を磨くことになっていた。

新聞紙ほどの大きさの範囲を雑巾を使って綺麗に磨くのだ。

 

小屋を綺麗にするのは従業員としては当然のことだし、一部をとことん綺麗にすることで、他の綺麗ではない部分が目につくので、他の部分も掃除するようになる。

結果として小屋全体が綺麗になるので、会社としてこのようなことを徹底させるのは理にかなっている。

 

だが、従業員としてこのような宗教的な行為を仕事という名の下に強制されるのは、気分の良い物ではなかった。

 

仏教の修行として床磨きなどがある。

それは、心を磨き、エゴをなくし、従順な心を創るのに重要な行いだ。

 

それは修行として自ら行う物だろう。

だが、同じ行為を給料を受け取るために強制されるというのは、経営者が従業員を搾取するための洗脳に感じられ、あまり気分の良いものではなかった。

 

 
 
 

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