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北アルプスの山小屋で働く話9(自叙伝450)

 

Kくん

 

僕が仲良くなりやすかったのは、K君だった。

 

ほとんどのアルバイトは全国各地から来ていたが、彼は地元の長野出身だった。

彼の両親は元ヒッピーの旅人で、世界や日本を旅したのちに、長野の山奥のヒッピー村に落ち着いたらしい。

 

今では比較的社会に適応した暮らしをしているらしいが、それでも自由な旅人の両親に育てられたK君は自由の風を心のうちに持っていた。

 

彼は若干18歳だったが、その育ち故に成熟している部分が多かった。

特に感情面では成熟しており、ギターを弾き心を込めて歌う姿は、山小屋アルバイトたちの心の癒しになっていた。

 

 

個性

 

最初の頃はわからなかったが、時間を過ごしていくうちに、この山小屋で働く人たちがかなりの個性の持ち主だということに気づいてきた。

 

個性の強い人が集まってくると言うこともあるが、どちらかと言うと個性の強い人が山での暮らしと言う特殊な環境になじみやすく、何年も働き続けることになっているようだ。

 

山小屋での集団生活は決して楽なものではなく、プライベートな時間などもあまりない。

自然が好きで、人と一緒にいることが好きで、働くことが好きな人には完璧な職場だ。

 

これはインドを旅する旅人などとも共通することなのだが、個性的なところに集まってくる人たちは、個性的な人と出会って時間を過ごすことで、その個性が増幅しあい強められていくと言うことが起こっているようだ。

 

 

常連

 

特にその個性の強さは何年も山小屋で働いている人に際立っていた。

僕はその個性的な面々に驚かされた。

 

ケーブルカーの中継小屋のおじさん/お兄さんの個性も素晴らしかったし、一緒に山に登ってきた支配人の個性も際立っていた。

その個性の強さと言うのは、山小屋での勤務年数の長さと比例しているように見える。

 

人それぞれ外交的な性格や内向的な性格があるだろうが、山小屋勤務という経験によって、どの方向においてもそれぞれの個性が強められているように感じられた。

 

 
 
 

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