インドを旅する話11(放浪記096)

先進国

 
 
 
 
バラナシから、プーナへと着いて最初に驚いたのが、街の発展具合だった。
 
 
 
 
 
近代化具合が、日本とあまり大差がない。
 
 
舗装された道路に、コンクリートの高層住宅が立ち並ぶ。
 
 
街並みは、バラナシのような有機的で自然発生的な造りではなく、行政で決められた都市計画に沿って開発されたような感じだった。
 
 
 
 
 
街には、カルカッタのような人の力で押す人力車はなく、バラナシのような自転車の力で押すサイクルリクシャーもなく、プーナにあったのはモーターとガソリンで動くオートリクシャーだった。
 
 
 
 
 
移動に関しては安い選択肢がなく、この街には貧乏人は住んでいないかのようだ。
 
 
宿を探すが、安宿街みたいなのは無いのか、どのホテルもそれなりの値段がする。
 
 
 
 
 
カルカッタやバラナシで見た、如何にもなインドっぽさは、すでに消えていて、安宿自体が存在しないのかも知れない。
 
 
 
 
 
仕方がないので、バラナシの何倍もの宿代を払って、駅近くのホテルに滞在した。
 

 

 

 

和尚アシュラム

 
 
 
 
安い部屋が見つからない限り、この街には長居できないなと思いながら、ヨガを教えてくれる場所へ向かった。
 
 
 
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そこは、Osho(和尚)と呼ばれる人が開設した『アシュラム』と呼ばれる修行所で、ヨガを教えていたり、色々なワークショップを開催しているらしい。
 
 
 
 
 
入場するためには、燕脂色をした衣装を購入して着なければならない。
 
 
さらには血液検査をして『エイズの陰性』を証明しないと入ることができないと言う。
 
 
 
 
 
なんで、ヨガを習うために、そんな事をしなければならないのかは分からないが、ここまで来て引き返したくもないので、言われるままにする。
 
 
 
 
 
注射で血を抜かれて検査され、支給された真新しい臙脂色の僧衣を着る。
 
 
坊主頭の若い東洋人男性としての自分を鏡で見ると、チベット修行僧のように見えなくもない。
 
 
 
 
 
1日の滞在費が約千円ほどかかり、最低でも3日間滞在のチケットを購入しなければならない。
 
 
僧衣代に注射代に日毎の入場料。
 
 
中に入れば、さらに食事代や特別なワークショップへの代金もかかるようだ。
 
 
プーナでのたった1日で、バラナシでの何日分もの滞在費が飛んでいく。
 
 
 
 
 
 
 
 
 

楽園

 
 
 
 
アシュラムの中へ入ると外とは別世界で、楽園のような景色が展開されていた。
 
 
 
 
 
綺麗な庭が広がっており、花たちが咲き誇っている。
 
 
小さな池や、樹々の並ぶ庭があり、人々が池のほとりで瞑想したり、木陰でくつろいだりしている。
 
 
小綺麗で目の輝いた西洋人とインド人たちが、楽しそうに笑いあっている。
 
 
 
 
 
 
レストランでは、ブッフェから新鮮なサラダを食べて、フレッシュジュースを飲む。
 
 
 
 
 
カルカッタやバラナシで体験した、強烈な貧しさや不潔さとは正反対の体験は、まさしくその時の僕が求めていたもの。
 
 
 
 
 
僕は、バラナシのインド色の濃さに辟易していた。
 
 
 
 
 
アシュラムでは、心地の良い時間を過ごすものの、いちいち結構な額のお金がかかり、貧乏旅行をしている僕はどうにも落ち着ききれない。
 
 
 
 
 
僕はプーナへ来て早々に、次の目的地へ向かうことを考えていた。
 
 
 
 
 
このアシュラムでは、先進国の物価から考えると、遥かに安い値段で高い質のサービスを受けることができるので、お金に余裕のある人にはいい選択なんだと思う。
 
 
 
 
 
 
 
 
 

音楽と瞑想

 
 
 
 
ヨガを習いたかったが、とてもじゃないがお金に余裕がなく諦めた。
 
 
一回のワークショップで、2週間分ほどのバラナシでの生活費が飛んでしまう。
 
 
 
 
 
その代わりに無料で開催していた、音楽に合わせて踊りながら瞑想すると言うワークショップに参加した。
 
 
 
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小さな体育館のようなホールで、十人くらいで輪になって座り、目を閉じて座るところからワークショップは始まる。
 
 
動きたくなったり踊りたくなったら、気分に合わせて自由に動いていいらしい。
 
 
 
 
 
60歳くらいの、ヒッピー風の男女のグループが、楽器を生演奏して気持ちのいい音楽を奏でだした。
 
 
アコースティックの楽器で、緩やかながらも心地よいリズムを刻んでいて、目を瞑りながら身体を音に合わせて揺らすと、どこかへ連れていかれるような気分になる。
 
 
 
 
 
音楽はゆっくりと静かに始まり、次第に盛り上がっていき、30分ほど経った頃には皆が大きく体を揺らして踊っていた。
 
 
 
 
 
演奏はかなり上手で、僕の好きな70年代のドイツのロックシーンを思い起こさせるようなものだった。
 
 
この音楽を聴けただけでも、ここへ来た甲斐があったかなと思えた。
 
 
 
 
 
瞑想状態で、音楽に合わせて体を揺らすと言うのは、都会にあるテクノのクラブで一晩中激しく踊ると言うのとは全く違った意味を持っていて、未知の感覚を体験することが嬉しかった。
 
 
 
 
 
 
 
 

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