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放浪記054

西成での文化人生活の話9(放浪記054)

映画への情熱

 
 
 
ツタヤで働いて映画を借りまくり、毎日3本づつ映画を見ていた僕にとって、映画は生活の中心に位置していた。
 
 
 
住んでいる部屋の窓ガラスを全部アルミニウムホイルで覆って外の光を遮断し、部屋を映画鑑賞用に改造するほどの熱の入れようで、昼の光を浴びる健康的な生活よりも、映画を集中してみることのできる暗闇を優先していた。
 
 
 
僕にとって芸術的な映画は最も価値のあるものであり、そういった映画を集中して見ることで、そのエッセンスを享受できると考えていた。
 
ただの熱烈な映画オタクだが、その考え方はもはや宗教であり、崇拝の対象だった。
 
 
 
僕の信念は、映画を見れば見るほど自分のセンスが磨かれる、今のこの多感な十代のうちに多くの芸術的な映画を見ることで、自分の夢に近づくのだと信じていた。
 
 
 
僕は映画の主人公が通った感情の起伏をスクリーンを通して経験することで、自分の心を耕して感情を感じれるように準備していたんだと思う。
 
 
 
幼少期はエホバの証人の家庭で育ったことや、いじめられっ子だったこともあり、感情が抑圧され続けて麻痺していた。
 
そんなこわばった感情を映画を見ることで、ほぐして活性化していた。
 
 
 
 
 
 

映画脳

 
 
 
映画から刺激を受けるたびに、自分の価値観が広がるような感覚を得ていたし、目を覚まさせられるような感覚を感じていた。
 
色々な主人公の目線を通してそれぞれの世界を経験することで、客観的な視点を手に入れたようにも思う。
 
ある一定数以上の映画を見て、臨界点を超えたのかもしれない。
 
 
 
今までに無かった映画センスと言うか、映画脳みたいなものが発達してきたように感じた。
 
 
 
映画脳の発達に連れて、今まで何度見ても退屈に感じていた映画や、面白さを理解できなかった映画の良さを理解できるようになって行った。
 
 
 
そして、興味深いことに、ある映画の面白さが分かるようになる事で、その映画が影響を受けた元になる映画や、その映画から影響を受けた新しい世代の映画の面白さが分かるようになっていった。
 
 
 
トータスの音楽を聴く事で色々な音楽の面白さを理解したのと同じ現象が映画の分野においても起こっていた。
 
 
 
僕はこの、映画を見ることによって起こる”芸術的センスの向上”や”ある種の人間的成長”のような感覚を欲していた。
 
成長していると言う感覚が自分の選んだ道の正しさを証明しているような気がしていた。
 
 
 
実際に人間的に成長していたかは疑問だが、脳の能力や感性が鋭くなったのは間違い無いと思う。
 
少しの情報から物語の全体を無意識のうちに理解し、話の流れを無意識のうちに予測することで全体像を掴みやすくなったりしていたと思う。
 
 
 
 
 
 

ジャンル

 
 
 
映画にどっぷりと浸かっていた僕は、自分の内面的成長と感性の変化に合わせて、見る映画のジャンルを変えて行った。
 
 
 
あるときは30年代のアメリカの名画を立て続けに見てクラシカルな古き良き時代に浸り、あるときは70年代の日本のアングラな映画を見て常識を破壊する強さを貰い、あるときはSFものを立て続けに見て宇宙へと夢を膨らませた。
 
 
 
同じジャンルのものを立て続けに見る事で、そのジャンル独特の感性を受け取り、より深く感情移入できたように思う。
 
多感な年齢なだけに影響を受けやすく、ある一定のジャンルを短期間に観続けることで、影響を強く受け、僕の性格はその日々に見た映画を反映していた。
 
 
 
そして、毎日少しずつ受け続けてきた影響が積み重なり、徐々に僕の性格を形作っていった。
 
僕は自ら望んで、映画の影響を受けることを望んでいたし、自分に大きく影響を与える映画を選んで観るようにしていた。
 
 
 
 
 
 
つづく。。。
 
 

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