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放浪記045

タイ旅行でカルチャーショックをうける話12(放浪記045)

バンコク再び

 
 
 
楽しかった北部山岳地帯の旅も終わり、再びバンコクに帰って来た。
 
残り数日で日本への帰国。
 
 
 
バンコクは相変わらず埃っぽくて蒸し暑い。
 
山岳地帯の快適さとは程遠い。
 
 
 
ここで別行動をしていたA君と合流。
 
彼はアユタヤという古都へ行っていたらしい。
 
なかなか良かったとのこと。
 
色々と旅の話を交換する。
 
 
 
10日ほど別行動していただけだが、お互いに色々な経験をしている。
 
たったの数日だが、お互いに少し成長しているように見える。
 
最初の頃のオドオドした感じはもう無いし、肌の色も真っ黒になって地元民に馴染んでいる。
 
二人とも、よりリラックスして自信に満ちているようだ。
 
 
 
 
 
 

ウェンズデイ・マーケット

 
 
 
毎週水曜日(当時)には超巨大なフリーマーケットが開かれる。
 
僕たちはお土産を買うためにマーケットに向かった。
 
 
 
日本にいた時にはよく大阪の下町にあるフリーマーケットに行っていた。
 
地べたに品物を陳列してる飾らなさを魅力に感じていた。
 
ものを安く買えるのも魅力だし、値段交渉や売り手との交流も好きだった。
 
 
 
バンコクのフリーマーケットは、大阪のものとは桁が違っていた。
 
大阪の地元サイズではなく、アジアの玄関口の国際サイズ。
 
よくわからないが、東京ドーム何個分とかいう大きさだと思う。
 
 
 
広い敷地の狭い通路にものすごい量の商店がひしめき合っている。
 
そして、その商店の量に負けないほどの客がマーケット中に溢れている。
 
 
 
ここではなんでも売っていた。服や靴や鞄などはもちろん、食料品、植物、ペットや魚。
 
電化製品にマッサージにタトゥーに絵画に彫刻、そして巨大な屋台街と無いものは無いくらいの勢いだ。
 
 
 
外国人観光客とタイ人が半々くらいか。
 
とにかく人が多く、ものすごい勢いで経済が回っていた。
 
 
 
客の多くが外国人観光客なだけに、売っているものの多くがお土産を意識したものだ。
 
僕たちはここで全てのお土産を揃えようと色々と物色する。
 
手作りの石鹸や民族調の鞄、いくつかの古着を買った。
 
特にアメリカから直輸入している古着のTシャツは日本で買うよりもはるかに安く、一枚200円程度で買えたので、大量に入手しておいた。
 
 
 
 
 
 

チャイナタウン

 
 
 
次の日には中華街へと向かった。
 
 
 
一本通りを跨ぐと、突然全ての看板が中国語に様変わりする。
 
建物の高さや密度なども一気に増して、7階建くらいのビルが延々と続く。
 
そのほとんどに超巨大な中国語のネオンサインがぶら下がっている。
 
見た感じ、ホテルとレストランの一体型施設や金銀を売買する店のようだ。
 
 
 
カオサンロードやウェンズデイマーケットと同じく、お店がひしめき合い、観光客が溢れていた。
 
よそと違うのは、中国人が人口のメインで、そこに地元のタイ人、外国からの観光客が混じり合い、異様な国際都市の熱気を醸し出していた。
 
この異文化感がクールで、SFアニメの近未来のような光景に、テクノマニアの僕たちは狂喜していた。
 
 
 
明日は日本へ帰る。
 
お金にも多少の余裕があるので、いい感じの中国レストランで食事をした。
 
心身ともに満たされた心地よさで最後の日を迎える。
 
 
 
 
 
 

日本へ

 
 
 
この3週間のタイ旅行は僕にとって非常に大きな衝撃だった。
 
外国は初めてではなかったが、自立して旅行するのは初めてだったので、自分で自由に行動する面白さに目覚めた。
 
南の島での時間の存在しない日々は、慌ただしい都会の生活に対して疑問を投げかけ、新しい価値観を植え付けた。
 
 
 
中でも衝撃だったのは、パンガン島で出会った先輩旅人たちで、今までの価値観と全く違った生き方をしている人、しかも複数に出会い、直接話を聞けたことは僕にとって大きな財産になった。
 
 
 
日本へ帰る飛行機へ乗る頃には、楽しかったタイ旅行への郷愁よりも、今度は絶対にインドへ長期旅行へ行くんだ!という熱い想いが僕を支配していた。
 
 
 
 
 
 
つづく。。。
 
 

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