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放浪記032

大阪のドヤ街での一人暮らしの話5(放浪記032)

インターネット

 
 
 
音楽をやるためにマックを買ったので、ついでに流行りのインターネットを導入してみた。
 
 
 
色々調べてみると『ISDN』という回線のテレホーダイというプランが、定額で夜中じゅう使い放題なので自分に向いていると思い加入した。
 
 
 
当時のインターネットは今よりももっとシンプルで、基本的にはウェブサイトにあるテキストと画像をみるだけ。
WEB 1.0の時代。
 
動画のストリームなどは存在していなかったし、デジタル動画という存在自体が稀だった。
ホットメールやGメールなどもなかった時代。
 
 
 
インターネット利用者も一部のマニアが使ってるだけで、まだまだマイナーな存在。
 
それでもネット上の情報量はものすごく、全く新しい情報の世界に圧倒された。
 
 
 
調べたいことが本屋に行かなくても図書館に行かなくても24時間いつでも調べられる。
 
 
 
今までとは『違う世界に来ている』ことを実感していた。
 
 
 
 
 
 

HOTLINE

 
 
 
僕は相変わらずアングラな情報が好きで、怪しいサイトを巡っているうちに『HOTLINE』というコミュニケーション・ソフトウェアを見つけた。
 
 
 
これはマック専門のアプリで、今でいうチャットアプリみたいなものなのだが、データの送受信ができるので違法ファイルをやりとりしたいユーザーに重宝されていた。
 
 
 
 
 
 
当時は3分の曲をMP3に変換するのに20分ほどかかっていたので、動画や音楽データをネットでやりとりするなんて考えも及ばない時代。
 
 
 
それでも色々なアプリが出回っていたので、音楽アプリや画像アプリをダウンロードして遊んでいた。
 
マックを使いこなせるようになるという意味では非常に役に立ったし、自分の創造性を発揮させるきっかけにもなった。
 
 
 
今では違法コピーファイルのやりとりは完全に非合法だが、当時はまだグレーゾーンで、お金のやりとりが発生しない限りは放置されていた。
 
 
 
僕は、こういった裏インターネットの世界に興味を持って深入りしていった。
 
実際に何か怪しいことをするわけではないのだが、ある種の中二病的な感じで、裏情報を持っていることが自己満足をもたらしていた。
 
 
 
 
 
 

DTM

 
 
 
そういった『違法コピーソフト』などの助けもあって、パソコンでの音楽制作にハマっていった。
 
 
 
当時の僕はハードコアパンクテクノ一辺倒から、幅を広げてテクノ全般を聞くようになっていて、自分でテクノミュージックを創る喜びに目覚め始めていた。
 
 
 
兄との作曲活動のためにパソコンを買ったのだが、ソロの音楽活動に使うことが多く、かなりの時間を作曲作業に費やした。
 
 
 
Blog32-2
 
 
 
当時パソコンでの作曲のDTM(デスクトップ・ミュージック)界に新風を吹き込んだのは、ソフトウェア・シンセサイザーという実際の機材を使わなくても、パソコン内で全てが完結するというものだ。 
 
 
 
それまで主流だった、機材をつないでレコーディングするというものから、マウスのクリックだけで作曲できるものへと大きな変革だった。
 
 
 
僕が気に入っていたのは『RB-338』というテクノ特有のウニョウニョしたサウンドを創ることのできるソフトウェア・シンセサイザーで、ヘンテコに曲がった音色はテクノマニアの心を鷲掴みにしていた。
 
 
 
興味があるものには深入りしやすい僕は、RB-338のドラムの部分を違法改造して、自分の好きな音色に変えて使っていた。
 
 
 
今となっては別にどうってことのない機能だが、DTM黎明期には、かなり熱いものがあった。
 
 
 
自分で作曲するという行為は、他の音楽の聴こえ方にも変化をもたらす。
 
 
 
僕はテクノミュージックを作り手側の視点で聴くようになって行き、それは僕のテクノ熱を燃え上がらせた。
 
 
 
 
 
 
つづく。。。
 

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