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ゴアに出会う話10(自叙伝107)

Fさんの乞食ライフ

 
 
 
 
Rさんが面倒を見ていたイラン人ホームレスのSさんは、乞食ではなくホームフリーやノマドと言った表現の似合う、旅人の延長線上にある姿だった。
 
 
 
 
 
だが、Fさんの場合は長期旅人が闇落ちせずにギリギリ踏ん張った、意識低い系悟り人の姿だった。
 
 
 
 
 
ゴアには自由という名の魔物が住んでいて、やってくる旅人に大きな試練を与える。
 
 
 
 
 
大きな自由を体験し使いこなした者は、かつてない自身の可能性を手に入れる。
 
 
大きな自由を使いこなせずにやられちゃった人は、悲惨な事になる事例も多い。
 
 
 
 
 
Fさんの場合は自由という要素と面倒くさがりという要素が、良くも悪くも上手く合致した例だ。
 
 
 
 
 
 
彼は家を持たずに生きるホームフリーというよりも、一切を気にせずダラけて生きる乞食の要素を多分に含んでいた。
 
 
 
 
 
 
 
 
 

Fさんの人生哲学

 
 
 
 
彼のモットーは如何に楽をして多くを得るかに費やされていた。
 
 
ここで注目して欲しいのは、多くを得る事に集中して労力を惜しまない貪欲な生き方とは大きく違うというところだ。
 
 
 
 
 
彼の第一の目的は如何に楽をするかという事。
 
 
そしてその上で如何に多くを得るかという事。
 
 
少しを得るために少しの努力もせず、多くを得るためにのみ、極わずかな努力をする。
 
 
 
 
 
彼は潔いほどにその自己中心的な性格を突き詰めており、迷いはない。
 
 
だがそれと同時に、日本人的な礼儀正しさを持ち合わせており、面倒臭さやウザさは全くない。
 
 
 
 
 
 
Fさんは実はかなり経験豊富で能力が高く、大概のことは出来て知識も豊富で、彼が本気になればお金をしっかりと稼いでゴアで悠々自適の生活をすることは簡単なのだが、彼は面倒臭がり哲学に冒されてしまって、一切の行動を起こさない。
 
 
彼は、努力を賛美するという社会的な価値観に対して、絶対的に反旗を翻しているようだ。
 
 
 
 
 
死ぬまでの期間、ただ日々徒然と生きる。
 
 
そんな虚無僧のようなホームレスだった。
 
 
 
 
完全版へつづく。。。

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