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日本へ帰国する話11(自叙伝167)

閉塞感

とびの仕事を始めて直ぐくらいから、閉塞感に苛まれ始めた。

 

日本に帰って来て直ぐの頃は、美味しい日本食を食べて、久しぶりの友人に会って、溜まっていた漫画を読んで楽しい日々を過ごしていたが、そうした享楽が一旦落ち着いてくると、日本の現実が目につき始めた。

 

電車に乗れば誰もが青白い肌をして、死んだ魚のような目で俯いている。

まるでゾンビのように日々を過ごし、生命の輝きが全く見受けられなかった。

 

もちろん僕が旅している間に日本が変わったのではなく、枠の外に出て全く異なった光に満ちた世界を体験した事で、日本の灰色の世界を再認識したのだ。

 

旅に出るまでは、自分もドップリとその環境で過ごしていたので、死んだ魚のような目は僕にとって空気のようなものだったが、一旦インドのようなイキイキとした世界を見てしまうと、その異常さが目についてしまって仕方がない。

 

 

ギャップ

 

自分は旅を通して大きく成長し、自信に満ち溢れているのに、日本の社会においては僕は、学校教育から落ちぶれた高校中退のフリーターで、僕自身の価値を理解する人はいない。

 

以前バイトしていたツタヤの芸術家の友人に会い、旅の興奮を伝えようとするが、旅を人生の経験の一部として捉える彼らには、旅によって人生がひっくり返った僕の話は空回りして全く伝わらない。

 

僕がインドで遊んでいた友人たちは皆が関東の人だったので、同じ感覚を共有できる友達は周りにいず、ある種の孤独感を感じていた。

 

異国の地であるインドで魂の家族とも呼べるような人たちと出会い、とことんリラックスして活力に溢れていたのに、生まれ故郷の日本、それも生まれ育った実家でこのような孤独感を感じるとは思いもしなかった。

 

 

井の中の蛙

 

たった数ヶ月の旅で僕は別世界へ行ってしまったようで、帰って来た世界はもはや同じものでは無かった。

 

こんな事なら旅の世界など知らなければ良かったと一瞬思ったが、一旦知ってしまった以上、見て見ぬ振りをして生きていくことは出来ないと覚悟を決めた。

 

世間では旅をする人に対して、現実から逃避していると言う批判があるのは知っていたが、僕にとっては知ってしまった旅の現実から目を背けて生きる事こそが現実逃避で、旅の世界に向き合うことを決めた自分は未知の世界に立ち向かう開拓者であり冒険者だった。

 

大海を知ってしまった井の中の蛙は、もう二度と井の中に戻ることは出来ないのだ。

 

 
 
完全版へつづく。。。
 

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