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日本へ帰国する話9(自叙伝165)

 

とび職

 

とび職の仕事は思っていたよりも上手くいった。

 

インドの土臭さに慣れた僕には肉体労働者特有のガサツさや乱暴さは逆に心地よかったし、同僚たちのヤンキー的なフレンドリーさは日本に再びなじむのを助けてくれた。

学生時代にいじめられっ子だった自分が、ヤンキー達と仲良く働くのは変な感じだったが、不思議とよく馴染んだ。

 

日給は1万円で、今考えると命の危険を晒してその値段はちょっとどうかと思うが、1日に1万円もの額を稼いだことの無かった僕は十分すぎるほど喜んでいた。

 

特にインドの金銭感覚を当てはめて給料をもらうと、3日働くだけで、1ヶ月遊んで暮らせる。

1週間働くたびに2ヶ月の休暇を得たと考えて悦に入っていた。

 

 

社長

 

僕を面接してくれた人は実はこの会社の社長で若干27歳。

元々は彼のお父さんが筋金入りのとび職人で、彼は中学を卒業してすぐにとびの世界に入ったと言う。

彼はこの世界一筋に生きてきて、自分の仕事に絶対的な自信を持っているので、ヘルメットは被らないし、自分に対しては一切の保険をかけていないと言う。

実際に12年間毎日働いてきて一度も事故も怪我も起こしていない。

 

一緒に働くことで、その自信の源が垣間見える。

彼の意識は常にクリアで、誰が何をどうすべきかはっきりと理解しており、的確に完璧な指示を与える。

 

社長のとび職に対する誇りはかなり強く、そういう価値観があることに驚かされた。

その価値観では、運動神経と体力と技術と経験とセンスという、体一つで最も危険な仕事をこなして高給を取るというところがポイントらしい。

中でも鉄骨とびと呼ばれる、クレーン車から渡される巨大な鉄骨素材を受け取ってビルの骨格を作り上げる仕事が一番カッコいいらしい。

 

もちろんその仕事は大きな危険を伴い、何人も大怪我をして命を失うという。

そのリスクがあるからこその魅力があるのだろう。

その美学の追求がヘルメット無しで保険をかけないという部分に現れているのだと思う。

 

 

注意

 

僕がこの仕事を始めて数日した頃に注意された事があった。

 

社長の完璧な指示を信頼し、指示を待ちながら仕事をしていたのだが、それだけではダメだと言う。

間違えても良いから自分で行動してみろと言う。

 

この一言は僕にとって衝撃だった。

今までに経験してきたバイトでは指示される仕事をこなすだけの言わばロボットのような仕事で、時間を切り売りしてお金に変えていたが、自分の判断や自主的な行動が尊重されるとは思いもしなかった。

 

社長がそう言うんならと、僕は思い切って自分で判断して率先して仕事をするようになった。

この考え方が功を奏し、自分で頭を使って動けるようになった。

 

実際に自分で考えて動いてみると、仕事はよりスムーズに流れ、仕事に対してのやり甲斐も湧いてきた。

それまでの僕にとっては仕事というのは言われたことを淡々と繰り返す事と同義だったが、初めて仕事に対して自分の意思を加える事ができ、面白みが遥かに増した。

 

 

 
 
 

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