休暇
とんでもない超労働の夏の盛りを過ぎて、8月後半に入ると一気に登山客が減る。
その人数の増加具合と現象具合は、一種のバブル経済のような趣もある。
このタイミングが、僕たちバイトが休暇を取るタイミングになる。
お客さんが減るものの、夏バイトの人たちもまだ働いており、仕事もしっかりと覚えている。
人によってはこの休暇を利用して街に下る人もいるが、僕はこの機会を利用して更なる山奥へと冒険することにした。
超山奥の温泉
僕が目指したのは、どの道を通っても最低でも13時間登山を続けないと辿り着くことが出来ないという、超山奥の温泉だ。
うちの山小屋からだと ”たったの” 8時間の登山でそこまで辿り着くことができる。
この温泉は標高2000メートルほどの窪地にあり、周りを3000メートル級の山々に囲まれている。
温泉のすぐそばに1軒の山小屋があるが、それ以外には5時間ほど歩かないと何もない。
大自然のど真ん中という表現が似合う究極の温泉だった。
出発
僕はこの3日間の休暇を最大限に活用するために、初日は日の出とともに出発した。
近くの山頂付近までは周りに登山客がいて、すれ違うたびに笑顔で挨拶をするが、ある程度山奥に進むと人の姿はぱったりと消える。
見渡す限り続く山並みのなかで動いているのは自分一人。
人口の建物すらも一切目に入らない。
完全に自然と自分だけの一対一の対話だ。
今まで旅をしていて、大自然の中にいることがあったが、周りには常に誰ががいた。
完全に一人きりで、人に出会うことのできる場所まで歩いて何時間もかかるような、真の山奥に居ることは初めての体験だった。
足を挫いても誰も助けてくれないし、山から滑落すればそれで人生が終わる。
全てが自己責任の元に存在していた。
生きるか死ぬかは、自分しだい。
ミスをすれば5分後には自分はこの世に存在しない。
自分が自分の生死の与奪権を持つという、山においての当たり前の事実は、僕の意識を最大限にまで研ぎ澄ますことになった。
それは目に映る全ての生命を光り輝かせることに繋がった。
僕は命に満ちて、着々と歩を進め続けた。