新居
Nちゃんの家には2週間ほどお世話になってから、新居へと引っ越しをした。
引越しといっても、バックパッカーのスタイルなので、荷物をバックパックに詰め込んで移動するだけだが。
ありがたいことに、引っ越した先には必要な家財道具が全て揃っている。
食器も鍋もベッドも布団も何もかもがあった。
移り住んできた旅人には、ありがたい事この上ない。
新しい家では、平日の昼間は父娘ともに学校に行っているので、実質的には自分たちだけの家のようなものだった。
夕方以降に彼らが帰ってきた頃には、僕は仕事に行く。
仕事から帰ってきた頃には彼らは寝ているので、大家さん家族と顔を合わすことは滅多になかった。
スティービー・ワンダー家族と交流をすることを楽しみにしていたし、英語の上達につながるかとも思っていたので残念だったが、気楽で居心地のいい日々だった。
空いた時間には近所を散策して、どこで安い食料が買えて、どこでセカンドハンドの服や自転車が手に入るかを知った。
徐々にイギリス生活に馴染んでいく。
小事件
生活に馴染み始めたこの頃、お金に絡んだちょっとした事件があった。
Iちゃんに頼まれて街へ出かけた時に、彼女の海外旅行銀行口座からお金を下ろした時のことだ。
ATMが置いてある小部屋に入り、カードを入れてお金を引き出す。
引き出したのは口座にあった最後のお金で、引き出した後は5000円ほどしか残っていない。
お金を受け取り、カードを抜き取ろうとしたところで、後ろから肩を叩かれた。
振り向くと、男性が地面を指差して何かを言っている。
僕はほとんど英語が分からなかったので、何を言っているのかは分からなかったが、その指差した先には20ポンド紙幣が落ちていた。
自分の物ではない事は間違いないが、この男性はしつこく紙幣を指差して話しかけてくる。
僕はお金を拾う事は嫌なことでは無いので、言われるままにその20ポンドを拾ってポケットへと入れた。
それを見て男性は安心したのかして、ATMの小部屋から出て行った。
ふとATMを見ると、自分が抜き出すべきキャッシュカードが無くなっている。
あれっ、もう既に自分でしまったのかなと思い、貴重品入れを見るがそこにも無い。
なんとっ、自分が20ポンドを拾っている間に、男性がカードを抜き取って持ち去ってしまったのだ!
盗まれたことに気づいた時には彼はもうとっくに走り去っている。
カード会社に連絡しようと思っても、連絡先を書いたカードはもう手元にない。
自分の英語力では、イギリスのATM会社に連絡することもできない。
仕方なく盗まれるままにする事になった。
不幸中の幸いは、5000円を盗まれても20ポンド(約3500円)を手に入れたことか。
結果的には1500円の損害で済んだ。
残念なのは、こう行った事態に何もする事の出来なかった自分の不甲斐なさだ。
家に帰った後にもIちゃんに詰られる。
言い訳のしようもなく、落ち込むしか方法はなかった。