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放浪記038

タイ旅行でカルチャーショックをうける話5(放浪記038)

ネクストステージ

 
 
 
この記事以降は、限定版と完全版の二手に別れて記事を発信していきます。
 
 
そこにはいくつかの理由があるのですが、せっかくなのでこの放浪記のそもそもの始まりから説明していきます。
 
 
 
 
 
 

そもそもの始まり

 
 
 
僕がこの放浪記を書き始めたそもそもの理由は、主に3つあります。
 
 
 
 
・自分が人生で体験したことはあまりにも特別な体験で、誰にでも体験できるようなものではない。
 
 
・人々がそのような人生体験が存在していることを知るだけで、人々の意識を解放する力がある。
 
 
・人間が本来持っている自由意志の力に目覚めて欲しい
 
 
 
 
特に最後の”人間が本来持っている自由意志の力に目覚めて欲しい”というのは非常に強い欲求で、僕の全ての活動はこの点に集約されます。
 
 
実際に僕自身が非常に抑圧された環境で育ったこともあり、全ての人に自由に目覚めて欲しいと切に願っています。
 
 
 
 
 
 

旅と物書き

 
 
 
多くの旅人の生き方はインスピレーションに満ちていて、他人に大きな影響を与えるものが多くあります。
 
 
だけど、本気で人生をかけて旅をしているような人たちは、一日中パソコンに向き合ってコツコツと文章を書くようなことはしません。
 
 
また、文章を書いたとしても誰にでも文才があるわけではなく、他人に読まれて広まるというようなことは稀です。
 
 
 
 
逆に文才があって一日中パソコンに向き合えるような人が、人生をかけた命懸けの面白い旅をしていることはまずありません。
 
 
面白い旅行記と面白い旅体験は別のものです。
 
 
 
 
 
 

特徴

 
 
 
このような相反する点を包括していることが、僕が持つ最大の特徴なのだと理解しています。
 
 
本来持っている内向的なオタク体質とそれを突き破った超絶旅体験。
 
 
世界中を散々放浪したことで、今では旅欲求は解消されて物書きに集中できるということ。
 
 
考えていることを文字で表現するという文才(最近まで自分に文才があることは知らなかった)。
 
 
 
 
 
 

赤裸々な記録

 
 
 
こう言った部分を的確に伝えるために、放浪記という形を通して自己を表現しています。
 
 
そして、最高の形で伝えるために全てを赤裸々に書き綴ることが重要だと考えています。
 
 
 
 
だけど赤裸々な記録というのは時として、あまりにもプライベートすぎたり、人前で語るには憚られるような内容が多々含まれます。
 
 
この放浪記を書き始めた当初は、全てをありのままに一般公開するつもりでしたが、色々な要素を考慮すると、全てを一般公開するのは得策ではないという判断に至りました。
 
 
 
 
 
 

今後の展開

 
 
 
なので、今後の記事は完全版と限定版に分けて書いていきます。
 
 
完全版では僕の人生の全記録を赤裸々にありのままに描いていきます。
 
 
 
 
全てを捨てて旅に人生を捧げた人間の生き様というのは、生半可なものではありません。
 
 
放浪記という間接的な形を通してでも、このような生き方をしている人間が実際に存在しているということを知るだけで、読んだ人たちの頭と心を大きく解放する力があります。
 
 
 
 
ぜひこの機会に一歩踏み込んで、知られざる旅人たちの世界を垣間見てください。
 
 
 
 
 
 
つづく。。。
 

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