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インドを旅する話8(自叙伝093)

バラナシへ到着

 
 
 
 
列車は予定時刻よりも、少し遅れてバラナシの街へ着いた。
 
 
 
 
 
インドの列車は、大幅に遅れることがあると聞いていたので、少しの遅れで済んだのは、ありがたかった。
 
 
 
 
 
列車を降りて駅へつくと、カルカッタで見た光景と、そっくりな物が繰り広げられている。
 
 
少し違うのは、列車から降りた瞬間に『ポーター』と呼ばれる荷物持ちの人たちが押し寄せて来たことだ。
 
 
 
 
 
彼らは旅行者の荷物を担ぎ、チップをもらって生活している。
 
 
 
 
 
僕は、小さなバックパックしか持っていなかったので、断って自分で歩き始めた。
 
 
 
 
次に襲って来たのは、駅を出た瞬間から始まるタクシー運転手による客引き合戦だ。
 
 
五人くらいのおじさん達が、どこへ行くんだ?安くするぞ、と猛プッシュしてくる。
 
 
流石に腕を掴まれたりはしなかったが、このまま拉致されてしまいそうな勢いだった。
 
 
 
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このままタクシーに乗ると、ロクでも無いことになりそうなので、自分の足で歩くことにした。
 
 
 
 
 
寝台車ではよく眠れたし、荷物もそこまで重くは無い、歩くだけの体力はあるし、曇り空だが雨は降りそうに無い。
 
 
 
 
 
 
 
 
 

バラナシを歩く

 
 
 
 
バラナシ、別名ベナレスと呼ばれるこの街は、太古の昔からインド最大級の聖地として崇められている。
 
 
 
 
 
だが、なぜ『聖地』なのかは諸説あり、はっきりしていない。
 
 
 
 
 
一般的なのは、聖なるガンジス河が北西から南東へ向けて流れ続けるのに、バラナシにおいてだけ、南から北へ向かうように曲がりくねっているからだと言う。
 
 
 
 
 
なぜ曲がりくねることが、聖なることなのかは僕には理解できないが、皆が皆、崇め奉っているだけにバラナシが『聖なる街』と言うことには誰も異論はない。
 
 
 
 
 
 
カルカッタの貧しさには驚いたが、バラナシの貧しさは同等か、更に上を言っていた。
 
 
街全体としては、バラナシのほうが貧しいだろう。
 
 
 
 
 
西洋の都市文化の入ってきたカルカッタとは違い、バラナシのインド度は高かった。
 
 
 
 
土地の広さに対しての、聖なる牛の量が何倍も多いことが、バラナシの聖地具合を表しているのかも知れない。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

物乞い

 
 
 
街全体に対しての物乞いの数も、カルカッタよりも多いように見える。
 
 
 
 
物乞い達は「バクシーシ、バクシーシ」と叫びながら、外国人の僕を追いかけてくる。
 
 
バクシーシとは、お布施という意味。
 
 
 
 
 
インド文化においては、物乞いたちが居てくれることで、貧しい人にお布施をするという善行をする事ができ、そのお陰で徳を積んで、来世にはより幸せな人生を送ることが出来るという考え方だ。
 
 
 
 
 
だから彼らは、お金や食べ物を施されても感謝する事はなく、むしろ施す側が感謝しないといけないという構図だ。
 
 
 
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彼らの多くは、物乞いと言う『カースト』(身分制度による階級)に生まれてきており、ヒンドゥー教徒でいる限りは、物乞いから抜け出すことは出来ないらしい。
 
 
もちろん実際には、いつだって抜け出せるが、彼らは抜け出せないと信じて、一生涯物乞いを続けるようだが。
 
 
 
 
 
そういった低級カーストから抜け出すために、仏教徒に改宗する人も多いらしく、一時期は大きなムーブメントになり、かなりの数が信じる宗教を変えたようだ。
 
 
 
 
 
 
 
 
 

葛藤

 
 
 
 
 
日本の文化の中で育った僕には、このカースト制度の考え方や、一生物乞いをつづけると言った考え方に強い抵抗があり、お金をあげることに頑なに抵抗していた。
 
 
その代わりに、何かを食べている時や食料を持っているときは、食べ物を差し上げるようにしていた。
 
 
 
 
 
だが、僕の持つ食べ物の量よりも、物乞いの方が圧倒的に数が多く、来る人全てに施していると10分も経たないうちに丸裸になってしまう。
 
 
 
 
 
これは先進国からインドへ、やって来る旅人にとっては、誰もが通る最初の試練で、圧倒的な貧富の差の金持ち側にいる自分をどう受け入れるかという物だ。
 
 
 
 
 
インドという国を、旅しようと思う人は多少なりとも、西洋文明や物質主義に懐疑的な人が多く、金持ちに対して反感を持っている人も多い。
 
 
そんな彼らや僕が、上位1%の圧倒的な金持ちの立場になるのだ。
 
 
 
 
 
 
人によっては、自分や社会の抱えている矛盾に向き合い、強い葛藤に悩まされる事になる。
 
 
 
 
 
 
インドを旅する者の多くは、この葛藤を乗り越えていて、皆それぞれなりに自分の立ち位置を見つけて行くことになる。
 
 
その強さが、インドを旅する面白さであったりもするのだ。
 
 
 
 
 
 
 
 
 

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