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チベット文化の高地ラダックの話2(自叙伝200)

 

絶景

 

ラダックへ向かうバスは、順調に出発し、その大きな巨体を揺らしながら狭い山道を通り抜ける。

 

最初の難関は、マナリの街から2時間ほど北に向かったところにある峠だ。

結構な急斜面の峠で、標高も高い。

 

大型バスや巨大なトラックは素早く登ることが出来ないので、ゆっくりとゆっくりとS字カーブを登っていく。

上へ登っていくにつれて、更に遠くの景色を見渡せるようになり、延々と続く緑の山並みは壮観の一言だ。

 

バスがゆっくりと登っていく途中で、自転車旅行をしている西洋人の男性を追い抜いた、かに見えたが、なんと彼はバスの後部にある取っ掛かりを掴んで、頂上までの道をタダ乗りし始めた。

自転車旅行者の臨機応変に自由に旅している感じがなんともカッコよく、バス中が大盛りあがりで歓声を送る。

 

 

反対側

 

バスは2時間ほどかけてゆっくりと峠道を登りきり、頂上についた。

 

どうやらここが降雨地帯と乾燥地帯の境目だったようで、反対側には全く異なる景色が展開していた。

雨に濡れた緑の森はもう無く、黄色い大地に背丈の低い藪がところどころに生い茂る。

 

峠の向こう側は乾燥高山気候だった。

そこでは山肌が直に見えて、地球を生で体験しているような感覚があった。

もちろんのこと、生態系は全く変わっており、動物の種類なども圧倒的に少ないだろう。

 

 

高山

 

バスが峠を降りきって、しばらく行ったところには、何軒かの食堂が並んでいて、旅行者たちに食事と寝床を提供している。

僕たちのバスはそこで止まり、景色を見ながら食事をとる。

 

峠のこちら側の山並みは、マナリ側の山並みよりもスケールが一回り大きく、山の高さも谷の幅広さも桁違いに大きく見える。

 

もしかしたら、実際にはどちらも同じくらいの大きさで、森も建物もない砂漠地帯だからそう見えただけかもしれないが、感覚としては超巨大な砂漠の山々のど真ん中にポツンとあるオアシスのような感覚だった。

 

当時の僕はカメラを持たずに旅行していたので、一枚も写真は残ってないが、今はインターネットがある。

ラダックはこんな感じの景色なので、この旅行記を想像する助けにしてほしい。

 

 

チベットも似たような景色だったが、ラダックの方がより高山がありスケールが大きいように感じる。

並大抵の絶景ではない。

 
 
 

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