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チベット文化の高地ラダックの話1(自叙伝199)

 

雨季からの脱出

 

インドは夏の間はずっと雨季だ。

 

地方によって多少のズレがあるが、夏季に雨から逃れることは難しい。

ただし、インド最北部のレー・ラダック地方を除いての話だ。

 

ラダックはヒマラヤ山脈の北側にあり、アジア全体の雨季の影響を受けない。

ラダックに雨が降ることは殆どないが、標高が3500メートルの高地にあり、平地よりも20度程寒いので、基本的には夏の間しか訪れることが出来ない。

秋から春までは標高5000メートルを超える峠道が大雪のために封鎖されてしまうからだ。

 

ラダックへ至る主な陸路は2つしか無く、南のマナリからヒマラヤを超えて入る道と、ヒマラヤを迂回して紛争地帯のカシミールを抜ける道だ。

当たり前だが紛争地帯を通り抜けたい人はあまり無く、ほとんどの人が夏の間にマナリを通ってラダックへと向かう。

 

 

出発

 

僕たち友人同士も何人かが、雨季を避けてラダックへ行くことを計画しており、どうせならみんなで行こうという事になった。

バスを予約し友人たち5人でラダックへ向かう。

 

一泊二日の長距離バス旅行だ。

一泊二日でバス旅行から帰ってくるのではなくて、丸二日かけてバスで移動すると言うこと。

 

途中で5000メートルの峠を超える所などは、チベットへの旅を思い出させる。

 

僕たちは大型バスの最後尾の席を陣取り、仲間内で固める。

 

この時に旅の先輩である課長ことNさんが、1番座りやすい席を当たり前のように掻っ攫う。

これを見て当時の若かった僕は、これぐらい自己中で貪欲に行くのが旅人としては必要なんだと思い、他の空いている席を陣取った。

 

これに被害を被るのが、サムライ魂を持ったC君だ。

彼は文句も言わずに従順に受け入れる。

 

彼は最後尾の真ん中という、最も不安定で、揺れたときに捕まる場所の無い席で、3日間過ごす事になる。

 

僕は申し訳ないなと思いながらも、貪欲でいることを選択した。

旅の先輩からの若者への影響というのは恐ろしい物がある。

 

僕は色々な面白い人たちに出会って沢山の良い影響を受けたが、同じくらい悪い影響も受けたように思う。

 

当時二十歳の僕には、それを判断する能力は無かった。

ただありのままに受け入れる以外は。

 
 
 
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