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チベット文化の高地ラダックの話5(自叙伝203)

 

レーの街

 

バスがレーの街へと近づくにつれて、ちらほらと農家や畑が見えてくる。

人工物が一切ない大自然の中から来ると、文明が目に入るのが新鮮に感じる。

 

そして、その文明はそれまでに見たインド文化とは全く違っていた。

ラダックはチベット文化圏で、チベットで見たようなお寺が遠くの丘の上に立っているのが見える。

 

街が近づいて来ると、お寺だけではなくて、ほとんどの民家がチベット文化の作りをしていて、そこに暮らす人たちもチベット系の顔をしていた。

 

レーの街は実質的にチベットの一地方で、チベット本国で中国共産党に破壊されたチベット文化が未破壊のまま残っていた。

残っていたと言うよりも、チベットと同じルーツを持った文化がインドという寛大な国の元で保存され、見事に花開いたといった感じだった。

 

街へ着くと僕たちはバスを降り、オートリクシャーに分乗して、旅人が多く滞在している地域へ行く。

大概のインドの大きな街は旅人が多く滞在するエリアがあって、面白い人たちに出会える。

 

僕たちは安くて居心地のいい宿を見つけ、二つの部屋に分かれて泊まる事にした。

 

 

旅人たち

 

以前から知っている気の合う友人たちと、ヒマラヤの峠を越えて旅し、新たな街に共に滞在し観光するのは、喜びに満ちていた。

 

みんなそれぞれ無期限のバックパッカー故に、節約しつつも世界中を見て回りたいと考えていたので、旅の流れが同調しやすく一緒に遊んでいて楽しい。

 

僕たちの間では無期限に旅をするのが基本で、いついつまでに帰国しなければいけない旅人とは時間の感覚が違っていて、仲良くなることが難しかったので、同じ感覚を共有できることは本当にありがたかった。

お互いのありのままを認め合える関係。

 

街へ出ると、そこら中に旅人が溢れていた。

レーの観光シーズンは6月から8月の3ヶ月ほどで、8月が最も栄える時期。

 

街を歩いていて気づいたのが、レーはインドらしからぬ驚くほどの清潔さと秩序があった。

それはチベット民族によるものなのかも知れないし、標高が高くて乾燥しているせいかも知れないが、圧倒的に清潔で見事なほどに秩序立っていた。

 

そして、それに比例してか物価がインドの他の地域の倍以上だった。

ある意味、インドの中のスイスと言えるかも知れない。

 

これは僕たち無期限の旅人には死活問題で、レーに滞在すればするほど、旅することのできる時間が半減すると言うことを意味していた。

 
 
 
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