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チベット文化の高地ラダックの話6(自叙伝204)

 

静かな日々

 

レーの街は美しく、静かで平和で落ち着いていた。

 

それはチベット仏教の価値観が市民に根付いているからかも知れないし、高い標高故の酸素不足で人々の活動能力が落ちていたからかも知れない。

あるいはもっと色々な理由が合わさっているかも知れないが、とにかくゆったりとしていた。

 

それは、年配の旅行者や家族づれやカップルなどには良かったかも知れないが、刺激を求めて世界を放浪する若干21歳になりたての僕には物足りなさすぎた。

 

景色は半端なく綺麗、天候は常に晴れ渡っていて心地いい、街は清潔で秩序立っている、人々は親切で物腰が柔らかく、頼んだ仕事はきっちりとこなす。

その上、ラダック人は料理のセンスがあるのかして、どこのレストランで食べても驚くほど美味しかった。

良いことづくめの天国だったが、僕が求めていた先鋭的な刺激はそこにはなく、街の物価高に苦しんでいた。

 

お寺に散歩に行ったり、街を散策したりしたが、お金をケチりながら観光旅行をしてもあまり楽しいものでもなく、すぐに飽きてしまった。

以前にチベットを旅したのでチベット文化に対してそこまで興奮しなかったこともあったと思う。

 

オカルト好きのCくんなどは、大喜びでチベット仏教グッズや変わり種の水晶などのお店を一つ一つ丹念に回って楽しんでいたし、僕よりも14歳年上の課長ことNさんは、落ち着いた雰囲気を楽しめる年齢で、お金にも多少余裕があり、レーの質の高い静かさを楽しんでいた。

 

 

マナリ

 

結局のところ、僕は一週間もしないうちにマナリへ戻ることへ決めた。

 

綺麗で整頓されていて居心地の良いが物価の高い暮らしに馴染めなかったのだ。

僕は安い物価の中で混沌と共に刺激に満ちた暮らしをしたかった。

 

マナリの静かさの中には僕の望む混沌と、快適な静けさではなく宇宙的で神秘的な静けさを感じていた。

 

他の友人たちは、もう少し長居したいと言うので、僕は一人で先にマナリへと戻ることにした。

若干21歳になりたての僕には、高いお金を払って快適に観光することには興味がなかった。

 

僕が興味を持っていたのは、貧しいインド人たちに紛れて旅をし、危険で刺激的でリアルな冒険をすることだった。

僕は予約もせずにローカルバスに飛び乗り、マナリへと向かった。

 
 
 
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