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ロンドンに住む話25(自叙伝329)

 

内観

 

皆それぞれが音楽を楽しんで踊ると共に、クラブという閉ざされた空間のなかで自身の内側と向き合っていた。

 

僕の内面世界の旅は、音楽家としての夢だった。

 

僕は日本にいた時は、ずっと真剣に音楽を作っていた。

いずれはテクノアーティストとして活躍したいと思っていたし、最初の旅が終わったら、音楽制作に集中しようと思っていた。

 

だけど、旅の流れに流されて、止まることなく旅を続けることになっていた。

 

今の時代は、数万円も出せばしっかりと音楽制作できるようなノートパソコンを手に入れて、旅しながら音楽制作をすることができるが、当時のパソコン事情では、音楽制作ができるようなノートパソコンを持って旅をするのは、現実的ではなかった。

真剣に音楽を作りたければ、どこかに滞在してパソコンと向き合うことが必要とされていた。

 

そういった事情もあり、ロンドンに腰を据えて、ロンドンのクラブ・ミュージック・シーンに飛び込んでみたいと考えていた。

現場で活躍することがいい音楽を作ることに繋がると考えていたのだ。

 

 

現場

 

だがこのパーティーでしっかりと楽しんでいる今の状況を俯瞰して見てみると、DJたちがクラブという小さな箱にこもって、小さな世界での名声に酔いしれていることが、あまりにもバカらしく映った。

 

特にインドのゴアで散々遊んだ身としては、ロンドンのクラブのこじんまりとしたおしゃれさが、逆にダサく思えていた。

 

いったい、自分は音楽的な成功の先に何を見ているのだろう?と自分の夢に向き合うことになってしまった。

 

そもそも、自分はなんのために音楽を作りたいのだろうか?

名声が欲しいのか?

音楽的な成功とはなんぞや?

 

 

フィッシュマンズ

 

そういった思いが頭の中を巡っているときに、ザ・フィッシュマンズという僕の大好きな日本のバンドの”新しい人”という曲の歌詞が頭に流れてきた。

 

”音楽はなんのために

鳴り響きゃいいの? 

こんなにも静かな世界では

 

こころふるわす人たちに

手紙を待つあの人に

届けばいいのにね”

 

そうなのか、フィッシュマンズの佐藤伸治も同じような状況を経験していたのか!

その悩みの末のあの曲だったのか!と色々なことが妙に腑に落ちた。

 

この日を境に僕の音楽に対する向き合い方が大きく変わった。

 

自分と音楽との本質的な関係、そして自分が発する音楽とそれを聴いた人との関係、そしてその音色がどのように人々の心を震わせるか。

 

一般的に言われるような音楽的な成功や名声には一切興味がなくなり、そういった音楽の本質的な部分が自己の中心へと植えつけられることになった。

 

 

 
 
 
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