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祖父の死の話1(放浪記490)

 

実家

 

大阪の実家へ帰ってきて、しばらくの間は山小屋での疲れを癒すことに費やした。

 

僕が帰ってきてしばらくすると、祖父の容体が一気に悪化し始めた。

 

そもそも僕がイギリスを離れて日本に帰ってきたのは、祖父の最後を看取るためだったが、ついにその時がやってきた。

僕にも覚悟はできていたし、祖父も家族も皆覚悟ができていた。

 

 

祖父の最後

 

祖父は最後の最後には痩せ細って体が縮んでいた。

 

死因としてはガンだが、実質的には老衰と言った方が正しいだろう。

80歳になる直前の大往生だ。

 

最後は病院で色々な管に繋がれて生きながらえていたが、生きる望みが全くないことを悟った祖父の判断により、人口救命機を外すことで自らの死を選択した。

 

祖父は最後まで自分がガンだということも、余命がもうあまりないということも知らされなかった。

だが、僕が急遽イギリスから帰ってきたことで、なんとなく察しがついていたのではないかと思う。

 

 

不幸の連続

 

実は祖父の死の数週間前に知らされたショックな出来事があったのだが、そのことは最後まで祖父に知らされることはなかった。

 

それは祖父の息子であり、母と叔母の兄である僕の叔父さんが自殺したというものだった。

 

叔父さんは大阪の下町のオッチャンらしく、気さくで面白い人で、僕も子供の頃はよく懐いていた。

子供の僕にとっては、大人といえば堅苦しいものという固定観念があったが、叔父はいい加減で緩く、子供の遊び心をよく理解した人間だった。

 

だが、ドヤ街育ちの宿命として、ギャンブルと共に育ち生活していた。

 

ギャンブラーの行き着く先は、百万人に一人の絶対的な勝者か、その他大勢の借金地獄だ。

この地獄への片道切符とも言える、ギャンブルと借金の組み合わせは、祖父、父、叔父を蝕み続けた。

 

だが、その中でも片足をヤクザの世界に突っ込んだような叔父は、祖父や父よりも深く突っ込んで歯止めが効かなかったようである。

 

叔父はヤクザたちとの非合法ギャンブルにのめり込み、身ぐるみ全てを剥ぎ取られて、残ったのは年老いた体と一生かかっても返すことの出来ない借金のみという地獄に引っ張り込まれた。

 

 
 
 

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