放浪記
20年以上の世界放浪を綴った自伝的連載。各地での出会いと別れ、日々の断片を残しています。
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ゴアに出会う話15(放浪記112)
EちゃんとSくんのカップル、それとCさんの三角関係はだんだんと拗れてくる。 実際には三角関係というよりも、Eちゃんが勝手にCさんに惚れて、Sくんが嫉妬しているだけなのだが、超が付くほどの奇人のCさんが与えるEちゃんへの影響を僕たちは懸念していた。 CさんもEちゃんたちも僕たちも皆

ゴアに出会う話14(放浪記111)
11月も終わりに近づき、続々と旅行者たちがやって来る。 日本人の旅人も増えて来て、近所には、SくんとEちゃんというカップルがやって来た。 彼らはすでに1年ほど東南アジアやネパール、インドのあたりを旅して来たらしい。 ゴアを最後にしてこの旅は終了で、日本に帰る予定という。 僕たちは

ゴアに出会う話13(放浪記110)
(以下内容転載禁止、法的対処有。) 話は戻って。。。 バーへと飛び込んだ僕は、音楽に合わせて踊り続ける。 このバー、及びゴアのパーティーでかけられる音楽は基本的に一択で選択の余地はなく、サイケデリック・トランス、ゴアトランスなどと呼ばれるジャンルの音楽が流される。 それはテクノ・

ゴアに出会う話12(放浪記109)
(以下内容転載禁止、法的対処有。) インスピレーションを得ることができて、身体に害がなく中毒性もない。 ”良いことづくめで、クリプトラベラーさんもオススメしてるの?”と思うかもしれないが、全くそうではない。 僕が全くオススメしないのは、その精神に対する効果が強すぎるからだ。 今後

ゴアに出会う話11(放浪記108)
まだもう少し、しつこくホームレスのFさんの話を続けたいと思う。 Fさんはお金を稼ぐなんてアイデアは一切持ち合わせていないし、普通の暮らしをしようとしたり、日本に帰って社会復帰したりしようなどと言う考えは微塵も持ち合わせていない。 ついでに言うと、恋愛に対する興味や女性との関わり、

ゴアに出会う話10(放浪記107)
Rさんが面倒を見ていたイラン人ホームレスのSさんは、乞食ではなくホームフリーやノマドと言った表現の似合う、旅人の延長線上にある姿だった。 だが、Fさんの場合は長期旅人が闇落ちせずにギリギリ踏ん張った、意識低い系悟り人の姿だった。 ゴアには自由という名の魔物が住んでいて、やってくる

ゴアに出会う話9(放浪記106)
彼は僕が出会った当時から4年前に、既に4年ほどインドおよびアジアの各国を自転車で旅していた。 これはつまり僕が出会ったのが98年なので、1990年から旅をして1994年の時の話。 当時、海外へ旅行するなんてのはハワイやグアムへの旅行はあっても、インドへ行く人は圧倒的に少なかった時

ゴアに出会う話8(放浪記105)
Rさんは本当に心優しい性格をしていて、弱者に対して寛大な心をもっている。 そんなRさんを慕ってやって来るのはイラン人ホームレスのSさんだけではなく、日本人ホームレスのFさんも居た。 読者の方々は、インドに日本人ホームレスが居ると聞いて驚いたかもしれないが、僕も最初にFさんの存在を

ゴアに出会う話7(放浪記104)
僕とYさんは小さなシングルルームに滞在していたが、Rさんは庭付き一戸建てを借りていた。 値段は張るが、3ヶ月前払いにすることで、かなりの値下げに成功したようだ。 家の広さや、庭がある事、立地などの条件から当然のように僕たちの溜まり場になっていった。 彼はゴアに来る前から、長期滞在

ゴアに出会う話6(放浪記103)
僕の安宿を見つける能力はかなり卓越しているようで、アンジュナでも1日150円の激安の部屋を見つけることができた。 かれこれ、ネパールとインドへ来て以来、ほとんどの街で50ルピー(150円)ほどで滞在することに成功している。 唯一の例外はプーナだったが、一晩無料で泊めてもらったので

ゴアに出会う話5(放浪記102)
Y さんは、アンジュナビーチにいた方が、何か色々と情報に繋がるんじゃないかと考えて、またアンジュナビーチへと移り住んだ。 僕はカラングートのビーチの宿に、あらかじめ家賃を前払いしていたので、引き続き同じ場所に滞在する。 一人で静かだが退屈な日々を過ごした数日後、 Y さんが突然僕

ゴアに出会う話4(放浪記101)
バイクをレンタルした僕たちは、隣村のアンジュナのレストランで働くドイツ人のMさんに会いに行った。 やはり彼は本当にここで働いているらしく、遊びに行った時にはウエイターの仕事をしていた。 給料は貰っていないようで、食事を自由に食べられるだけ。 どこで寝ているのかと聞いたら、ここだと

ゴアに出会う話3(放浪記100)
この放浪記も、とうとう100話目までやって来ました。 この調子で書いていくと、3000話くらいまでかかりそうです。 下手したらもっとかかるかも。 この先10年くらいは、執筆活動が生活の一部になりそう。 もしかしたら、日本史上最長の旅行記として、ギネスに載れるんじゃないかと妄想して

ゴアに出会う話2(放浪記099)
レストランで出会ったYさんに、僕の安宿状況を説明したら、一日150円の値段が氣に入り、翌日には引っ越してくることになった。 お互いに暇していたので、これで楽しくなる。 Yさんも僕と違わず身軽な格好で、隣の部屋へ移り住んできた。 この時を機に今後『永く続く友情』と遊びまくりの楽しい

ゴアに出会う話1(放浪記098)
列車は一晩中走り、朝には目的地のゴアに着いた。 ここは次の目的地というだけで無く、今回の旅の最終目的地だ。 日本を出てから3ヶ月半かけて、海路と陸路を渡りここまでやって来た。 色々と期待してしまう。 駅を出てバスに乗り、街へと向かう。 ゴアの街はキリスト教の州だけに、教会がチラホ

インドを旅する話12(放浪記097)
アシュラム内の庭を散歩していると、東洋人の男性に出会った。 僕たち以外には、他に東洋人はおらず、興味本位からお互いに話しかけた。 英語での会話は、どうしても言葉の壁があり、会話が続かないが、それでもなんとかお互いのことを伝えあった。 彼は中国の圧政が嫌で、チベットを通ってネパール

インドを旅する話11(放浪記096)
バラナシから、プーナへと着いて最初に驚いたのが、街の発展具合だった。 近代化具合が、日本とあまり大差がない。 舗装された道路に、コンクリートの高層住宅が立ち並ぶ。 街並みは、バラナシのような有機的で自然発生的な造りではなく、行政で決められた都市計画に沿って開発されたような感じだっ

インドを旅する話10(放浪記095)
宿の部屋にはバルコニーが付いていて、真横にガンジス河を見ることができる。 僕は景色を見ながら、椅子に座ってチャイを飲むのが好きだった。 バルコニーの向かいには、通りを挟んで建物が軒を連ねており、その屋根の上には十数匹の猿達が遊んでいる。 何気なくその猿達を見ていると、一匹の猿がも

インドを旅する話9(放浪記094)
バラナシの駅からガンジス河に沿って、あるき続けて行くことで、いい感じのガートを見つけた。 ガートとは、河岸に作られた階段の事で、巡礼に来たヒンドゥー教徒が沐浴をしたり、地元のおばちゃんが洗濯をしていたり、観光客向けの船着き場になっていたりする。 ガートの近くに、安くていい感じの宿

インドを旅する話8(放浪記093)
列車は予定時刻よりも、少し遅れてバラナシの街へ着いた。 インドの列車は、大幅に遅れることがあると聞いていたので、少しの遅れで済んだのは、ありがたかった。 列車を降りて駅へつくと、カルカッタで見た光景と、そっくりな物が繰り広げられている。 少し違うのは、列車から降りた瞬間に『ポータ

インドを旅する話7(放浪記092)
チャイ売りの少年は、年に似合わず年季の入った低い声で、「チャーイーーチャーイーー」と大声を上げるだけで、インド人に対しては足を揺すって起こしたりはしないようだ。 どうやら外国人だけへの特別待遇らしい。 寝台列車の最上部で、チャイを飲みながら旅気分に浸っている間に、下部座席の人たち

インドを旅する話6(放浪記091)
インドの列車事情は、なにかと凄いという話は聞いていたので、どんなものかと思っていたが、噂に違わず『世界のカオス』を求めてやってきた僕の好奇心を十分に満足させる物だった。 駅にいるのは何も旅行者だけではない。 駅周辺で働いている人もいれば、旅行者を標的にした物乞いや盗人たちもうろつ

インドを旅する話5(放浪記090)
カルカッタの安宿街、サダルストリートに滞在して、しばらくすると必ず出会う存在が居る。 それがサトシだ。 関西弁を話す彼は、お笑いコンビのダウンタウンの松ちゃんとマブダチだと言う。 彼は、関西人には当たり前、他の地方の人には異文化のノリツッコミを自在に使いこなし、関西人の僕とテンポ

インドを旅する話4(放浪記089)
カルカッタへ来て以来、色々な変わり者の旅人に出会うようになったが、Kさんほどの変わり者も、なかなか居ないだろう。 彼は22歳の京都大学の学生で、休学してアジア旅行へ出た。 京大生は頭が良く、個性的で変わり者が多いと言う事で知られているが、彼は、そんな京大生を代表するような人間だっ